嘘つきな騎士と破られた託宣 -龍の託宣6-
 きゃっきゃとご機嫌に笑いながら、応えるようにカイが小さな手を伸ばした。ベアトリーセの頬に触れ、にぎにぎと肌をつかみ取ってくる。

「わたくしね、泉での儀式が本当に待ち遠しくて」
浸泉式(しんせんしき)はもう済ませたのではないの?」

 貴族の子供は生まれてすぐに、神官による聖水の儀式を受けるのが習わしだ。それは大概貴族の屋敷内で行われている。

「この子は特別に王城での儀式があるのよ。青龍から頂いた言霊(ことだま)を確かめるために」

 恍惚(こうこつ)とした表情は、あの神殿で見たものと同じだ。その姉らしくない様子に、再び一抹の違和感が湧き上がる。だがベアトリーセは敬虔(けいけん)な信徒だ。揺るぎない青龍への信心の表れなのだろうと、そのときイジドーラはあまり深く考えなかった。

「イジィも抱っこしてみる?」

 頷いてカイを受け取った。ここ数年は王妃の離宮に通っているイジドーラだ。ハインリヒ王子を始め、セレスティーヌ王妃の子供たちをあやすことが幾度もあったため、抱き方もそれなりに様になっている。

 きょとんとした琥珀の瞳と見つめ合い、愛らしさのあまり頬が緩んでしまう。マシュマロのようなほっぺたを指で突いていたら、カイがぐずりだしてしまった。慌ててベアトリーセの腕に戻すと、涙が残った顔でカイは無邪気な笑顔になった。

「きっとお腹が減ったのね。この子ったらびっくりするくらい、いっぱいミルクを飲むのよ」

 イジドーラがいることも気にせずに、ベアトリーセは胸を片側はだけさせた。唇に触れた乳首に気づいたカイが、んくんくと勢いよく乳を飲み始める。

「ねぇイジィ。こうやっておっぱいをあげているとね、すぅごく眠くなってしまうの」

 カイの鼻が塞がらないようにと張った乳房(ちぶさ)に手を当てながら、ベアトリーセは口元に至福の笑みを刻んだ。慈愛の視線を我が子に落とす姉の姿は、いつか見た聖母の絵画のようだ。
 うれしさと微笑ましさの中に、ベアトリーセへの憧憬(しょうけい)が湧き上がる。複雑な思いが()()ぜになったまま、イジドーラは冷えたザイデル家へと帰っていった。


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