嘘つきな騎士と破られた託宣 -龍の託宣6-

第11話 星に堕ちる者 - 後編 -

 デルプフェルト家の広いエントランスで、いつも通り家令はカイを独りきりで出迎えた。周囲にいた使用人たちは、逃げ隠れするように身を(ひそ)めている。

「お帰りなさいませ、カイ坊ちゃま」
「出迎えはいいっていつも言ってるのに」
「そうはまいりません。カイ坊ちゃまはベアトリーセ様の唯一の御子であらせられます」

 戻るたびに繰り返されるやり取りを、カイは軽く肩を(すく)めただけでスルーした。処世術(しょせいじゅつ)を身に着けた最近のカイは、一見すると人好きのする好青年だ。それでも過去の彼を知る者たちは、いまだに(おび)えて近づこうとすらしない。

「父上は?」
「サロンにいらっしゃいます」
「そっか、ありがとう。ついてこなくていいから、仕事に戻っていいよ」
「仰せのままに」

 その姿が見えなくなるまで、きっちりと腰を折る。のぞき見していた使用人のひとりが、急ぎ足でこの場を去るのを感じた。カイの兄弟の誰かに報告にでも行ったのだろう。

 跡継ぎが指名されていない現状で、使用人たちは下につくべき相手をそれぞれが見定めている。デルプフェルト侯爵には六男三女の子供がいるが、中でも次男のダミアンが屋敷内では一番の有力候補とみられていた。気の弱い長男ヨナタンは、母親が低爵位であることもあって、本人自体が跡目を継ぐことに消極的だ。

 その点、ダミアンは狡猾(こうかつ)で抜け目ない性格をしている。母親は落ちぶれたと言え由緒ある侯爵家の出であるし、この諜報活動に特化した一族の長になるに値する人間だ。

(それもカイ坊ちゃまがいなければの話だが……)

 カイは五男だが、正妻が遺した唯一の子供だ。立場からしても彼が跡継ぎに選ばれて(しか)るべきと言えよう。しかし(あるじ)たる侯爵は、カイを選ぼうとする気配もない。いたずらに子供たちを競わせて、デルプフェルト家の安泰などそっちのけだ。

 一方、屋敷外で諜報活動を担当する者たちは、カイを次期当主にと望んでいる。任務において冷徹に指示を下し、下の者の安全をも常に確保する。ほかの兄たちにはない上に立つ者としての才覚が、家令の目から見てもカイには十二分に備わっていた。だがそのカイは爵位を継ぐ気はさらさらないように思えてならない。

 そんな状況で次兄のダミアンは、カイに跡目の座を取られないようにと目を光らせている。配下に置いた使用人に、カイの動向を監視させている徹底ぶりだ。

(ベアトリーセ様さえ正気であらせられたら……)

 デルプフェルト家に嫁いできたベアトリーセは、それは慈悲深い女性だった。先に屋敷に住んでいた愛人の子供たちにも、分け(へだ)てなく愛情を注いでいた。
 使用人たちへも心配りを欠かさず、嫁いでわずか数日には多くの者が彼女を信奉していたほどだ。そんなベアトリーセをカイは無残にも狂わせた。

 神殿から()()と呼ばれ、正妻が恐れ嫌う子供を、使用人たちはひとりまたひとりと避け始めた。それでもカイが幼い時分は、陰で同情する者も確かにいたのだ。それなのに、最終的にはカイ自身がそんな者たちをも冷たく切り捨ててしまった。

 決定的だったのは、ベアトリーセの葬儀での出来事だ。酒と睡眠薬を過剰に摂取し、狂ったまま彼女は眠りについた。埋葬が済み誰もが墓前で悲しみに沈んでいたとき、カイは遅れて姿を現した。喪に服すでもなく普段着のまま、その片手に一本のボトルを掲げ持って。

 それはベアトリーセが死の直前に、好んで飲んでいた葡萄酒だった。多くの者が固唾(かたず)を飲んで見守る中、カイがゆっくりと酒瓶を傾ける。真新しい墓標に向かって、カイは赤い葡萄酒をどくどくと高い位置から降り注いだ。

「母上に安らかな眠りを」

 冷めた瞳でそう言って、最後に酒瓶は墓石に手落とされた。硝子の砕ける音が耳を刺し、その場の空気が瞬時に凍る。呆気にとられた周囲をよそに、葡萄酒の匂いが充満する墓地をカイは独り後にした。

 あの日を境に、カイはデルプフェルト家で孤立を極めていった。陰では母殺しとまで囁かれ、そんな雰囲気をも冷酷な言動で黙らせる。カイが誰からも恐れられる存在となるのに、さほど時間はかからなかった。
 ほどなくして王城騎士となったカイは、屋敷には滅多に寄りつかなくなった。それこそ父親に呼ばれない限り、自ら顔を出すこともない。

「ねぇ、爺や! カイ兄様が帰ってきてるって本当?」
「はい、ジルヴェスター坊ちゃま。カイ様は先ほどお戻りになられました」

 末っ子に当たるジルヴェスターだけは、無邪気にカイを慕っている。過去のしがらみを知らなければ、それもまったく不思議ではない話だ。それくらい現在のカイは、嘘のように人当たりが良くなった。

「父上のところかな? ボク、すぐ行ってくる!」
「間もなくお勉強の時間でございましょう? 坊ちゃまは子爵位につくことが決まった身。もう少し落ち着きを持たねばなりません」
「……カイ兄様を差し置いて、ボクが先に爵位をもらうなんて。どう考えてもおかしいと思わない?」
「旦那様がお決めになったこと。ジルヴェスター坊ちゃまにこそ相応しい地位とお考えください」

 ジルヴェスターは、醜聞にまみれた伯爵令嬢を引き取って、侯爵が愛人として産ませた子供だ。貞操観念の低い母親とは違い、実に聡明な少年に育っている。

 当主の座に就く前に下位の領主に任命し、経験を積ませることは上位貴族ではよくある話だ。デルプフェルト侯爵はジルヴェスターこそ、次期当主にと考えているのかもしれなかった。カイを除いた上の兄たちは、子爵の地位など眼中にない様子で、そんなことには気づきもしない。

(旦那様が早く指名を済ませば、この騒ぎも落ち着くというのに……)

 長く仕える(あるじ)の真意を量り切れずに、家令は胸の内で落胆のため息をついた。

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