嘘つきな騎士と破られた託宣 -龍の託宣6-
 もやもやしすぎて、いつものように眠ることもできない。耳を押し当て聞く鼓動も、普段より早く思えた。それほどまでに怒りが深いのかと半ば呆れかけたとき、背に回されたジークヴァルトの手が小刻みに震えていることに気がついた。

 注意しなければ気づかないほどの震えだ。息を飲み、もたれかかっていた身を起こした。

(違う、怒ってるんじゃない)

 ジャケットを掴む手に、知らず力が入る。

(ジークヴァルト様は……怖かったんだ)
 リーゼロッテが、異形に乗っ取られてしまうことが――。

 先日のジークハルトを弾き飛ばした騒ぎが頭をよぎった。何年か前にジークヴァルトは、ジークハルトに体を乗っ取られたことがある。その出来事がいまだトラウマになっているのかもしれない。
 それに幼いころから異形の者に命を狙われ続けてきたジークヴァルトだ。強風の吹く公爵家の屋上で、取り憑かれた人間にジークヴァルトが大怪我を負わされる姿を、自分はあの日この目で見たではないか。

 確かに異形の彼女はいいひとだった。だが体を貸して何事もなかったというのは、結果論に過ぎないのだろう。単に運が良かっただけで、取り返しのつかない事態にだってなり得たのだ。

「ご、ごめ……なさ……ヴァルト様、わたくし……」

 自分のしでかした事の重大さに気づかされ、今さらのように涙がせり上がる。そこでようやく目を合わせたジークヴァルトが、苦しげに顔を(ゆが)ませた。(しずく)が零れ落ちる寸前、乱暴に唇を奪われる。

 息もつかせぬほどの口づけに、抵抗もできずただ(すが)りついた。絡まる舌が深まるほどに、ジークヴァルトの傷の深さを思い知る。
 その不安を消すために、唇から緑の力を流し込んだ。わたしはちゃんとここにいる。それをジークヴァルトに伝えたくて。

「リーゼロッテ……」
「ん……ヴぁ、ると……さま……」

 応えるようにジークヴァルトも青の力を流し込んでくる。交換し合う互いの熱に、ふたりはどんどん浮かされていった。
 続く激しさに、これ以上はとリーゼロッテは厚い胸板を強く押した。理性が残っている間に()めさせたいのに、ジークヴァルトは止まらない。
 (かえ)ってリーゼロッテをきつく抱きしめて、ちっとも口づけを(ほど)こうとしなかった。

「ヴァルトさま……や……も、これ以上……」
「駄目だ」

 さらに荒く唇を塞がれる。

「おねが……ここ、じゃ」
「駄目だ、駄目だ駄目だ駄目だ……!」

 受け入れた異形の名残(なごり)を消し去るように、重ねた唇から、抱きしめる手のひらから、青の波動を一層強く流し込まれる。


 リーゼロッテの内と外すべてがジークヴァルトで覆い尽くされても、揺れ動く馬車の中、ふたりはずっと繋がり続けた。








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