嘘つきな騎士と破られた託宣 -龍の託宣6-
      ◇
 泥酔したご夫人をお付きの侍女に引き渡すと、カイは元いた配置の場所に戻ろうと(きびす)を返した。
 首筋につけられた口紅をハンカチで無造作に(ぬぐ)い取る。赤く汚れた布切れは、通りすがりに置かれた痰壺に表情なく投げ入れた。
 酒臭い女には昔から嫌悪感しか持てないでいる。表情に出すことは決してしないが、酔った夫人に口づけを求められることがどうにも苦痛でならなかった。
 そう思う原因は子供じみた理由からだと、カイ自身も分かってはいる。夫人たちの口から吐き出される酒の臭気は、晩年の狂った母親(ベアトリーセ)を否応なしに思い出させた。
 戻る途中、まだ誰にも使われていない休憩室の並びで、赤ら顔の紳士が何かを窺うように歩く姿があった。その先の廊下で、ひとりの令嬢がきょろきょろと辺りを見回している。

(あの男……グレーデン家の縁故の者だな)

 以前も夜会で騒ぎを起こし、証拠不十分で無罪放免になった男だ。酒癖が悪く、騎士たちからマークされているような人物だった。
 案の定、男は令嬢の手首をつかみ、無理やり部屋の中へと引っ張り込んだ。やれやれと肩を(すく)め、カイは閉め切られた扉に耳を押し当てる。

「まったく、ブルーメ子爵も何やってんだか」

 連れ込まれた令嬢は明らかにルチアだった。目を離してこんな危険な場所にひとり来させるなど、誰かに襲ってくれと言っているようなものだ。
 中から激しい口論が聞こえてくる。そのあとガタガタと大きな物音がして、どうやらルチアも負けてはいないようだ。
 マスターキーを取り出して、カイは鍵穴に差し込んだ。こういう事態も起こり得るため、万が一用に持たされていたものだ。と言ってもカイにしてみれば、針金一本あればこんな扉は容易に開けられてしまうのだが。

「そこまでにしていただきましょうか? 同意のない行為は犯罪ですよ」
「なっ、貴様、どうやって入ってきたっ」

 突然現れたカイに、男は飛び上がらんばかりに驚いた。素早く近づき、手にした小瓶を取り上げる。
 この媚薬は、大公バルバナスの小姓であるランプレヒトが開発したものだ。異国人で捕虜だった彼は薬草の知識を多く持っていたため、今では薬師(くすし)として(とりで)の騎士団に重宝されている。
< 342 / 484 >

この作品をシェア

pagetop