嘘つきな騎士と破られた託宣 -龍の託宣6-
     ◇
 リーゼロッテと目が合って、カイは何事もなかったようにその横を通り過ぎた。ジークヴァルトに睨みつけられたが、そ知らぬふりをしたのだから勘弁してほしい。

(神事の旅から二か月か……思ったより早かったな)

 あれだけ我慢を強いられたジークヴァルトだ。リーゼロッテを囲いこんで、軽く一年くらいは(おおやけ)に連れ出さないだろう。そう本気で思っていたカイだった。
 リーゼロッテもジークヴァルト使いが(うま)くなったのかもしれない。女性とは、とんでもなくしたたかな生き物だ。

「ねぇ、今夜もたのしませてくれるのでしょう?」

 横から甘えるようにささやかれて、カイはほろ酔い加減の夫人に意識を戻した。母親と言ってもいいほど年の離れたご夫人だ。

(欲しかった情報は手に入れたし、そろそろ潮時(しおどき)かな?)

 捜査で近づいたことにも気づかずに、この夫人はぺらぺらと家の内情を素直に話してくれた。最後にいい思いをさせてやるのが、男としてせめてもの礼儀だろう。無邪気にしなだれかかる夫人を連れ、カイは休憩の場として用意された部屋へと入りこんだ。

 とはいえ、今夜は別件でやらねばならないことがある。カイは鍵を閉めるなり夫人を抱きしめた。

「あん、せっかちね」

 まんざらでもないように、夫人はカイの首に手を回してくる。
 口づけをせがんでくる夫人をすっとかわし、代わりにカイは耳元に唇を寄せた。

「いいじゃないの、一度くらい口づけてくれたって」
「駄目ですよ。貴女の大事な唇は、好きな人のためにとっておかないと」
「主人はただの金ずるだって、いつも言ってるのにぃ」
「こんなにも素敵なカチヤ様ですから、いつ運命の人に出会うか分からないでしょう?」
「もう、あなたってば、意外と純情なんだからぁ」

 睦言で夫人を悦ばせながら、カイは頭の中で次の任務の算段を立てていた。

「ね、そんなに焦らさないで、もっとわたしを楽しませて」
「カチヤ様、誠に残念ですが、オレたちは今夜で終わりです」
「えっなに言って……」

 夫人がプライドを傷つけられたように顔をゆがませた。それでもカイは耳元で甘くささやき続ける。

「貴女には貴重な情報をたくさんいただきましたからね。カチヤ様が子爵の悪事に加担していなかったこと、騎士団にはきちんと口添えしておきます」

 言いながら夫人にさらなる悦びを与えていく。あっけなく腰砕けになった夫人を床に降ろして、カイは汚れた指をハンカチで(ぬぐ)った。

「あ、あなた、わたくしを騙したのね……!」
「カチヤ様も随分とたのしい思いができたでしょう? お別れのしるしに、最後にひとつだけ忠告を。早急に子爵と離縁して、ご実家に戻られることをおすすめします」

 冷めた目で、慇懃無礼(いんぎんぶれい)に礼を取る。金切り声を上げる夫人を置いて、カイは素早く部屋を出た。扉の横で控えていたベッティに目配せを送る。

「あとはよろしく」
「承知いたしましたぁ」

 返事とは裏腹に、ベッティの視線は(さげす)みをはらんでいる。その頭にポンと綺麗な方の手を乗せてから、カイは足早に夜会の喧騒(けんそう)へと戻っていった。





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