嘘つきな騎士と破られた託宣 -龍の託宣6-
「ああ、また集中し過ぎてしまったね。今日はこれで仕舞いにしよう」

 筆を置いた愛しい人が、この肩にそっとブランケットをかけてくる。

「今日は少し寒かったろう?」
「いいえ、風が心地よいだけでした」
「嘘を言ってはいけないよ。ほら、こんなに冷えてしまっている」

 頬を撫でる指先から、絵の具のにおいがほのかに立ち昇る。見上げると、()(きら)めく金の瞳がやさしげに細められた。

「さぁ、いつものように温めてあげよう。こちらへおいで、わたしの可愛い小鹿」

 頬を染め小さく頷き返す。早まる鼓動に同調するように、どうしようもなく体が火照ってきた。
 この感覚はなんなのだろうか。もどかしく、とても強い衝動だ。

「そんなに声を押し殺すことはない。我慢しなくていいんだよ」
「あっ、ウルリヒ様」

 たまらなくなってその胸に(すが)りつく。
 肩に降りた手のひらが、いたずらに素肌をすべっていった。

「うわぁああぁあ……っ!」

 絶叫とともにマルコは飛び起きた。乾いたリネンを握りしめ荒い息を繰り返す。

(なんなんだ、あの夢は)

 色、音、匂い、味覚。触れ、触れられる確かな感覚。五感のすべてと感情にいたるまで、あまりにも臨場感がありすぎた。
 与えられた甘い熱が、いまだこの身で(くすぶ)っているかのようだ。

 びっしょりと汗をかいた状態で、マルコは手のひらを見つめた。境界が曖昧で、夢と現実の区別があやふやになってしまっている。

 このまま籠っていると気が変になりそうで、外の空気を吸いに東屋(あずまや)を出た。冷たい空気を吸い込むと、幾分か気持ちが落ち着いてくる。
 それでも夢での出来事がこの頭を離れない。何かに導かれるように、マルコは新雪の積もる庭の奥へと進んだ。

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