嘘つきな騎士と破られた託宣 -龍の託宣6-
     ◇
 深い瞑想の淵から意識を戻す。
 ゆっくりと(まぶた)を開いたハインリヒは、無言のまま立ちあがった。

 祈りの間に籠って三日、ようやく迎えた(みそぎ)明けだ。早くアンネマリーを抱きしめたいと、(はや)る心で出口へと向かった。

「王、青龍はなんと仰せでしたか?」

 控えていた神官長に呼び止められる。毎月律儀になされるこの問いは、ハインリヒにしてみれば滑稽(こっけい)以外の何物でもなかった。
 瞑想の果てで王は青龍と会っている。神官長はそう信じ込んでいるようだ。

 祈りの儀は王の務めであり、青龍に平和を祈願し感謝を捧げるための儀式とされている。だが王位継承の儀以来、ハインリヒは龍の御許(みもと)に辿り着いたことは一度もない。
 それもそのはず、ここで行われる瞑想はハインリヒの一か月間の記憶を納めに行っているに過ぎなかった。歴代の王たちの記憶は、こうやって長い時間をかけ膨大な量が蓄積されてきた。

 自分の記憶もいずれ後世の王の頭の中で(やかま)しく騒ぎ立てるのかもしれない。そう思うとふっと笑いが漏れて出た。

「ハインリヒ王?」
「いや、いつもと変わらない」

 瞑想中の出来事は常に龍が目隠しを施してくる。王たちの助言で得た曖昧な受け答えを、ハインリヒはいつものように返した。

「そうですか」

 毎回この台詞を神官長は落胆の顔で口にする。しかしなぜだか今日は気にも留めていない様子だ。
 理由はすぐに思い当たった。妹のピッパが夢見の巫女として覚醒してから、立て続けに神託が降ろされている。王の口から龍の言葉を得られずとも、何も問題ないといったところだろう。

「王が祈りの儀をなさっている間に、巫女により新たな神託がふたつほど降りました」
「そうか。詳細は追って聞く」

 どんな内容を耳にしようと、ハインリヒにできることは何もない。ただ流れを見守り、得た記憶を瞑想の果てで刻むのみだ。

(そんなことよりも早くアンネマリーに会いたい)

 王となってからというもの、持ち前の生真面目さがどんどん薄れていっている。そう自覚しつつも、こんな立場ではそうなるのもやむなしだ。

「神官長も務め、大儀であった。よく休むといい」
「ありがたきお言葉。王もまずはご静養ください」

 アンネマリーと双子の顔を思い浮かべ、今度こそハインリヒは祈りの間をあとにした。

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