嘘つきな騎士と破られた託宣 -龍の託宣6-
     ◇
 王印を押すだけの単調な作業を、ハインリヒは心を無にして続けていた。例のごとく頭の中では歴代の王たちがやかましくしゃべり続けている。一枚一枚目を通してはいるが、すべてが龍の(おぼ)し召しなのかと思うと、書類を確認することさえ馬鹿らしくなる今日この頃だ。

 そんなときカイが顔を出し、ハインリヒはこれ幸いと執務机から立ち上がった。

「カイ、ちょうどいいところにきてくれた」
「何かご入用でも?」
「ああ、至急調査してもらいたいことがある」

 勝手知ったる執務室で、カイは慣れた手つきで紅茶を淹れだした。当たり前のように自分の分も用意して、許可なく応接用のソファに腰かける。
 ハインリヒが王位に就いてからも、人目がない場面ではカイは未だにこんな調子だ。その気安さに呆れもするが、変わらない態度をうれしく思う自分もいた。

 そんなカイも出会った当初は、周囲にトゲを振りまくハリネズミのような少年だった。笑顔ひとつ見せなかったカイが次第に処世術を身に着けていく様を、ハインリヒは驚きとともに見守っていた。

「ん? オレの顔に何かついていますか?」
「いや、カイが初めてわたしの前に現れた日のことを少し思い出していただけだ」
「なんでまたそんなこと」
「お前も随分と変わったなと思ってな」
「あの頃のオレはまだ世間知らずの子供でしたから。恥ずかしい過去は忘れてください」

 肩を竦めたカイを見て、ハインリヒはふっと笑みを漏らした。

「それを言うなら、子供だったのはわたしもだ」
「そうですか? オレから見てハインリヒ様は随分と大人びて見えましたけど」
「まぁ、立場上、な」
「あの日ハインリヒ様がくれた言葉のお陰で、オレはようやく目が覚めたんです。本当に感謝していますよ」

 殊勝な態度のカイを珍しく思いながら、ハインリヒは紅茶を口に含んだ。と、そのとき、煩わしい王たちの声がやけに静まり返っていることに気がついた。
 アンネマリーに触れているとき以外では、これまで起き得なかった現象だ。戸惑いつつも、会話がしやすいに越したことはない。

 カップに口をつけたまま固まるハインリヒを見て、カイが不思議そうな顔をした。

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