嘘つきな騎士と破られた託宣 -龍の託宣6-
◇
逆さに手にした花束が地面すれすれを行き来する。そのたびに甘ったるい香りがカイの鼻腔をくすぐった。
立ち並ぶ墓標をいくつも通り過ぎ、ようやく目当ての場所へと辿り着く。母の名が刻まれた白石をカイは表情なく見下ろした。
ここに来たのは葬儀の日以来だ。母親など最早どうでもいい存在だった。ずっとそう思っていたが、これまで足が向かなかったのはむしろ蟠りを抱え続けていたからなのだろう。
――ベアトリーセ・デルプフェルト ここに永遠の眠りにつく
墓石に彫られた文字を視線でなぞっていった。いつもなら波立つ心も、些細な感情すら湧いてこない。
死者に手向けるには少々派手過ぎる花束を、自身の影が差す足元へと横たえる。深紅の花びらが風に揺らされる様を見て、無意識にカイはルチアの顔を思い浮かべていた。
今、本当の意味ですべてがどうでもよくなった気がした。
もしもカイが愛されて育ったとして、課せられた宿命を受け止めきれたかは分からない。生ぬるい環境下では、ここに立つ自分は存在し得なかったはずだ。
この世に偶然などありはしない。起こることはみな必然だと言うのなら、何もかもがルチアと出逢うためだったとさえ思えてくる。
凪いだ瞳のまま、カイは母の墓標に背を向けた。
来た道を戻りかけ、その先にいた人影に一瞬足を止める。向かってくるのは父親であるデルプフェルト侯爵だ。顔を合わせるつもりのなかったカイは、内心やれやれと再び歩き出した。
「随分と珍しい場所にいる」
「父上と違って、ただの気まぐれですよ」
肩をすくませたカイに、侯爵は唇の片側だけを吊り上げた。
この男はほぼ毎日墓地を訪れているらしい。配下の者の言葉を疑うつもりはなかったが、俄かには信じ難かった話はやはり事実のようだ。
「もういくのか? あれも喜んでおろう」
「ええ、あまり時間がないもので」
軽い会釈のみで去ろうとするカイを、引き留めるでもなく侯爵はひとり奥へと進んでいった。墓地の入り口で振り向くと、色鮮やかな花が置かれた墓石の前に佇む父親が小さく目に入る。
その姿はいつまでも妻の死を悼む健気な男そのものだ。あの両親の間に愛があったのかなど、しかしカイには知りようもない。
逆さに手にした花束が地面すれすれを行き来する。そのたびに甘ったるい香りがカイの鼻腔をくすぐった。
立ち並ぶ墓標をいくつも通り過ぎ、ようやく目当ての場所へと辿り着く。母の名が刻まれた白石をカイは表情なく見下ろした。
ここに来たのは葬儀の日以来だ。母親など最早どうでもいい存在だった。ずっとそう思っていたが、これまで足が向かなかったのはむしろ蟠りを抱え続けていたからなのだろう。
――ベアトリーセ・デルプフェルト ここに永遠の眠りにつく
墓石に彫られた文字を視線でなぞっていった。いつもなら波立つ心も、些細な感情すら湧いてこない。
死者に手向けるには少々派手過ぎる花束を、自身の影が差す足元へと横たえる。深紅の花びらが風に揺らされる様を見て、無意識にカイはルチアの顔を思い浮かべていた。
今、本当の意味ですべてがどうでもよくなった気がした。
もしもカイが愛されて育ったとして、課せられた宿命を受け止めきれたかは分からない。生ぬるい環境下では、ここに立つ自分は存在し得なかったはずだ。
この世に偶然などありはしない。起こることはみな必然だと言うのなら、何もかもがルチアと出逢うためだったとさえ思えてくる。
凪いだ瞳のまま、カイは母の墓標に背を向けた。
来た道を戻りかけ、その先にいた人影に一瞬足を止める。向かってくるのは父親であるデルプフェルト侯爵だ。顔を合わせるつもりのなかったカイは、内心やれやれと再び歩き出した。
「随分と珍しい場所にいる」
「父上と違って、ただの気まぐれですよ」
肩をすくませたカイに、侯爵は唇の片側だけを吊り上げた。
この男はほぼ毎日墓地を訪れているらしい。配下の者の言葉を疑うつもりはなかったが、俄かには信じ難かった話はやはり事実のようだ。
「もういくのか? あれも喜んでおろう」
「ええ、あまり時間がないもので」
軽い会釈のみで去ろうとするカイを、引き留めるでもなく侯爵はひとり奥へと進んでいった。墓地の入り口で振り向くと、色鮮やかな花が置かれた墓石の前に佇む父親が小さく目に入る。
その姿はいつまでも妻の死を悼む健気な男そのものだ。あの両親の間に愛があったのかなど、しかしカイには知りようもない。