嘘つきな騎士と破られた託宣 -龍の託宣6-
拒絶するように、リーゼロッテは声なき声で叫び続けた。しかしどれだけの思いで叫ぼうと、言葉のひとつ発することは叶わない。
あわやと言う寸前、刃先は突然動きを止めた。
短剣を握る手はそのままに、女の意識がジークヴァルト以外の何か――ここではないどこかに向けられる。
状況が呑み込めない中、女の求めに従ってリーゼロッテは背後を振り返った。
そこには見慣れない初老の男がいた。目が合って、大きな舌打ちを返される。
「貴様は……ジークフリート・フーゲンベルクか? いや、にしては若すぎる」
ジークヴァルトを見やった男はそんなことを独り言ちた。
知らない男にも拘らず、なぜか聞き覚えのある声だった。それを不思議に思う前に、リーゼロッテの唇が小さく戦慄いた。
「ェ……ザ……ル……」
その刹那、すべてが紅一色で染め上げられた。
荒れ狂うはどろりと重い感情だ。なす術なく怨嗟の濁流に飲みこまれ、心ごとリーゼロッテは押し流されていく。
「ツェーザル――――っ!」
我を忘れ、叫んでいた。
一時も忘れることのなかった、憎く、そして誰よりも愛しい――あの男の名を。
破裂音とともにいきなり空間が弾けた。次いで奇妙な浮遊感に包まれる。
気づくとリーゼロッテは横顔を柔らかな枕に預けていた。誰かに腕枕をされていて、その人物をうっとりと見つめている。
同じ枕に頭を沈めた男は、野心を秘めた瞳で高い天井を挑むように見上げていた。
「オレはここで終わるような男ではない」
「ええ、ツェーザル。あなたこそが王に相応しいわ」
事後の心地よい疲労感に包まれて、同意以上の賛辞を返した。
最愛の男との得も言われぬ至福の時だ。睦言を交わす僅かな時間は、短くとも心を満たしてくれる。
夢を語る最中にも、腕枕の手がやさしくこの髪を撫でてくる。それがまたうれしくて、胸板にリーゼロッテは細い指先を滑らせた。
(これは紅の女の記憶……?)
幾度も覚えのある感覚だったが、しかしこれまでにないほどの臨場感だ。視えている光景が、今まさに自身に起きている出来事のようにしか思えない。
そう考えるのも束の間、リーゼロッテの意識は更に深く女に溶け込んでいった。
あわやと言う寸前、刃先は突然動きを止めた。
短剣を握る手はそのままに、女の意識がジークヴァルト以外の何か――ここではないどこかに向けられる。
状況が呑み込めない中、女の求めに従ってリーゼロッテは背後を振り返った。
そこには見慣れない初老の男がいた。目が合って、大きな舌打ちを返される。
「貴様は……ジークフリート・フーゲンベルクか? いや、にしては若すぎる」
ジークヴァルトを見やった男はそんなことを独り言ちた。
知らない男にも拘らず、なぜか聞き覚えのある声だった。それを不思議に思う前に、リーゼロッテの唇が小さく戦慄いた。
「ェ……ザ……ル……」
その刹那、すべてが紅一色で染め上げられた。
荒れ狂うはどろりと重い感情だ。なす術なく怨嗟の濁流に飲みこまれ、心ごとリーゼロッテは押し流されていく。
「ツェーザル――――っ!」
我を忘れ、叫んでいた。
一時も忘れることのなかった、憎く、そして誰よりも愛しい――あの男の名を。
破裂音とともにいきなり空間が弾けた。次いで奇妙な浮遊感に包まれる。
気づくとリーゼロッテは横顔を柔らかな枕に預けていた。誰かに腕枕をされていて、その人物をうっとりと見つめている。
同じ枕に頭を沈めた男は、野心を秘めた瞳で高い天井を挑むように見上げていた。
「オレはここで終わるような男ではない」
「ええ、ツェーザル。あなたこそが王に相応しいわ」
事後の心地よい疲労感に包まれて、同意以上の賛辞を返した。
最愛の男との得も言われぬ至福の時だ。睦言を交わす僅かな時間は、短くとも心を満たしてくれる。
夢を語る最中にも、腕枕の手がやさしくこの髪を撫でてくる。それがまたうれしくて、胸板にリーゼロッテは細い指先を滑らせた。
(これは紅の女の記憶……?)
幾度も覚えのある感覚だったが、しかしこれまでにないほどの臨場感だ。視えている光景が、今まさに自身に起きている出来事のようにしか思えない。
そう考えるのも束の間、リーゼロッテの意識は更に深く女に溶け込んでいった。