嘘つきな騎士と破られた託宣 -龍の託宣6-
 期待とは裏腹に、無為に時間ばかりが過ぎていく。どんなに恋焦がれても、日陰者の身として最愛の(ひと)と会うのもままならない。
 日々は重ねられ、訪れを待つだけの毎日に苛立ちと猜疑が胸を大きく渦巻いた。
 王子を亡き者にできさえすれば――。
 あの日のツェーザルの言葉が繰り返し頭に木霊する。
 ハインリヒがいる限りツェーザルとの未来は永遠にやってこない。現実がままならないのはすべて王子のせいなのだ。
 邪魔な存在が未だのうのうと生き延びていることに、日増しに憎悪の念が募っていった。

 そんなある日、絶好の機会が訪れた。
 ツェーザルの妹イジドーラは、頻繁に王妃に目通りしている。そのお付きの侍女を装って、まんまと王妃の離宮に潜り込むことに成功した。
 歩を進めるたび、ガーターベルトに忍ばせた短剣の重みを感じた。
 冷ややかな刃を王子の心臓に突き立てる。その瞬間を思い描くと、ゾクゾクとした高揚感が湧き上がった。

 控えの間に残されて、ひとまずイジドーラの背を見送った。
 話し相手に呼ばれる令嬢の中で、イジドーラはことのほかセレスティーヌ王妃のお気に入りらしかった。ツェーザルの策略で懐に入り込ませていると言うのに、なんと馬鹿な王妃だろうか。
 間もなく自分がその座にとって代わるのだ。短剣を握りしめる手がどうしようもなく汗ばんだ。

 女官の目を盗み部屋を出る。気づかれないようイジドーラを追いかけ、上手いこと王妃のいる部屋に辿り着いた。
 無駄に豪華な衝立(ついたて)の影で、息を(ひそ)ませ好機を待った。
 片言のセレスティーヌ王妃は寝台で横たわっている。イジドーラとの会話の合間に、無邪気な赤子の笑い声が聞こえてきた。
 あれこそが忌々しきハインリヒ王子だ。憎しみが募るほど、手の震えが止められなくなる。張り詰める心をどうにかなだめ、浅い呼吸を繰り返した。

 しばし時が過ぎ、女官の声がけでイジドーラが立ち上がった。退出の挨拶ののちに、衣擦れの音が部屋を遠ざかる。
 最大の好機に迷わず奥に踏み込んだ。ゆりかごにいるハインリヒ王子目がけ短剣を振りかざす。

「死ねぇ、ハインリヒ王子ぃいっ」

 無防備な王子の胸に、渾身の力で短剣を突き立てた。
 しかし悲鳴とともに王妃が割り込んでくる。王妃の肩をかすめた短剣は、僅か王子には届かなかった。

「どけっ、心配せずともお前もすぐに後を追わせてやる!」

 王妃を押しのけ、今度こそ王子の心臓へ狙いを定める。
 尚も食い下がろうとする王妃ともみ合いながら、力づくで剣を振り下ろした。

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