月明かりの下で、あなたに恋をした

「橘マリの日記に、こんな言葉もあります」

彼は評伝を開き、スマホのライトで照らしながら読み上げた。

「『月は、いつも変わらずそこにある。どんなに孤独でも、月を見上げれば、誰かと同じ月を見ている。一人じゃないって、感じられる』」

私の目に涙が光った。

「誰かと、同じ月を」
「そう。今、世界のどこかで、同じ月を見ている人がいる。だから、一人じゃない」

私は葛城さんを見た。葛城さんも、私を見ていた。距離が、近い。さっきより、ずっと近い。鼓動が、耳に響くほど大きくなった。

「今、私たちも、同じ絵を見ていますね」
「ええ。同じものを見て、同じように感動している」

葛城さんが静かに言った。不思議な一体感。初対面なのに、心が通じ合っているような感覚。そして──惹かれている。

私は、この人に惹かれているんだ。その事実に、今気づいた。

その時、館内放送が流れた。

『警備員が到着いたしました。お客様は1階ロビーへお集まりください』

「行きましょう」

葛城さんが言い、私たちは展示室を後にした。『月の見える窓』の前でもう一度立ち止まる。葛城さんが、そっと私の手に触れた。

「柊さん」

その温もりに、心臓が跳ねる。

「あなたの作品、いつか俺に見せてもらえませんか?」
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