月明かりの下で、あなたに恋をした
私たちは立ち上がり、薄暗い廊下を歩いて展示室へと向かった。非常灯の明かりだけが、足元を照らしている。
歩きながら、葛城さんが言った。
「俺、あなたみたいな人、久しぶりに会いました」
「えっ?」
「作品について、こんなに語り合える人」
私は、頬が熱くなるのを感じた。
「私も……です」
展示室の扉を開けると、柔らかい照明が原画を照らしていた。人がいない。私たちだけ。
『森のおくりもの』『空色の傘』──私たちは、ゆっくりと展示を見て回った。そして、奥の部屋へ。
『月の見える窓』
窓辺に座る少女。満月。月明かり。私たちは、並んでその絵の前に立った。
「この絵、何度見ても素晴らしい」
葛城さんが静かに言った。私は絵を見つめる。この子は、私だ。子どもの頃、窓から夜空を見上げて、『いつか素敵なものを作る人になりたい』と夢見ていた頃の。
そして、今の私。孤独で、疲れていて、それでもまだ何かを探している。
隣の壁には、橘マリの年表が展示されていた。
『橘マリは50歳で初めて絵本を出版した、遅咲きの絵本作家である。夫の死後、彼女は決意する。「残りの人生を、自分のために使おう」と。50歳から70歳で亡くなるまでの20年間で、15冊の絵本を制作。生前は無名だったが、死後、再評価され、現在は多くの読者に愛されている。』
50歳で、初めて。私は26歳。まだ……
さらに読み進めると、彼女の日記の抜粋があった。
『50歳は遅すぎるだろうか。いや、遅すぎることなんてない。私が描きたいものを描けば、いつか誰かに届くはずだ。』
私は、胸が熱くなった。
「柊さん」
葛城さんが、私を呼ぶ。