月明かりの下で、あなたに恋をした
蓋を開けると、中からふわっと埃っぽい匂い。
一番上には、美大時代のスケッチブック。その下に……あった。
『星降る森のおくりもの』
手作りの製本。色褪せた表紙に、控えめなタイトル文字。手に取ると、思ったより軽い。だけど、込めた思いは重い。
私はゆっくりと、表紙を開く。最初のページ。森の絵。深い緑。木漏れ日。私は、一枚一枚、ページをめくっていく。
「懐かしい……」
動物たちの表情。少女の孤独な横顔。そして、満月の夜の出会いのシーン。
拙いところもある。色のムラ、不安定な線。それでも、確かに心を込めた。22歳の私が、全力で作った作品。
夢を持っていた頃の私が、一生懸命。
私は、本を力いっぱい抱きしめた。
「ごめんね……」
22歳の自分に謝る。
「ずっと、逃げててごめん」
涙がこぼれそうになる。だけど、これは悲しい涙じゃない。
私はスマホを取り出し、葛城さんの連絡先を開く。
送っていいんだろうか。絵を見せても、また昔みたいに拒否されるかもしれない。そう思うと、怖い……。
再び、真帆の言葉が蘇る。
『行動しなきゃ』
『その人との縁、大事にしなよ』
そうだ。こんな縁は、この先もう二度とないかもしれない。
私は、意を決してメールを書き始める。何度も書いては消して、書き直す。30分かけて、ようやく完成した。
【葛城さんへ
先日は美術館で、お話を聞いていただき
ありがとうございました。
あれから色々考えて、
今日、段ボールを開けました。
4年ぶりに、作品を見ました。
拙いところもありますが、
当時の私が、精一杯作ったものです。
もしよろしければ、お会いして
お見せしてもいいでしょうか。
柊彩葉】
送信ボタンに指を置いた瞬間、鼓動が一気に速くなる。送ったら後戻りできない。だけど……。
私は目を閉じる。一呼吸して、ようやく送信ボタンを押した。
ああ、送ってしまった……。
胸に手を当てると、心臓が激しく鳴っていた。