月明かりの下で、あなたに恋をした
「企画会議で、新人作家の企画を三つ出したんです。どれも全滅で」
彼が自嘲気味に笑う。
「地味すぎる。売れない。今の時代に合わない──そう言われました」
その言葉に、私の胸が痛んだ。
「私も今日……」
私は思わず言葉を続けていた。
「デザインを何度もダメ出しされました。『もっとポップに』『派手に』って。でも、私が本当に作りたいのは、もっと落ち着いた、洗練されたデザインで……」
葛城さんと目が合う。二人で、思わず苦笑した。お互い、似たような一日を過ごしていたんだ。
「同じですね」と葛城さん。
「ですね」と私。
不思議だった。初対面なのに、こんなにも共感できる。だけど、同時に疑問も湧く。
「葛城さんは……どうして編集者になったんですか?」
彼は驚いたような顔をした。
「唐突な質問ですね」
「すみません」
「いえ、嬉しいです。そんなこと、聞かれたの久しぶりだから」
彼は遠くを見るような目をした。
「俺、子どもの頃、家庭環境が複雑で。居場所がなくて、いつも一人で図書館にいました。そこで出会ったのが、橘マリの『月の見える窓』でした」
私は静かに耳を傾ける。
「窓辺で月を見上げる少女が、俺だった。孤独で、寂しくて。でも、月を見上げることで『どこかに自分の居場所がある』って信じられた。その絵本に、救われたんです」
彼の声は穏やかだけど、どこか震えている。
「だから、編集者になった。子どもたちに、心に残る絵本を届けたい。孤独な子が、一冊の本で救われる。そういう体験を、届けたいって」
私は何も言えなかった。ただ、聞くことしかできなかった。
「会社は『売れる絵本』を求める。それも大事だけど、それだけじゃない。橘マリの作品みたいな、静かだけど深く心に残る絵本。そういうのを出したいのに……今日も、全部ダメでした」
私は、自分の話もした。
「私……実は、美大を出てるんです」
「美大!?」
葛城さんが身を乗り出す。