悪役令嬢、藤堂椿による華麗にて波乱なる純情政略結婚の心得(小説版)

第一話 婚約は恋のはじまり

『私立鳳凰学園には、
 ふたつの冷たい星がある。

 皇愁夜と藤堂椿である。
 
 彼らは互いの家の勢力拡大のために
 齢6歳にして婚約者となるのだが……?』

◇◇◇

今朝目覚めたら、お母様に

「今日はとても大切な日なのですよ」

と言われた。

支度部屋に連れて行かれて、
とても上等な着物を着せてもらった。

今日のためにわざわざ白絹から
染めさせたという特別なものらしい。

お正月や七五三でもないのに
そんな着物を着るなんて
なんだか変な気がした。

専属のスタイリストさんも入っていて、
きれいに髪を結ってもらい、

生花で髪を飾った。

「あら、可愛く仕上がったわね、椿ちゃん」

お母様はそう言って
鏡に映る俺を満足そうに見つめた。

支度が整うと、俺は車に乗せられてどこかに
連れて行かれるらしかった。

俺は、このシチュエーションを知っている。
そんな気がした。

「いいですね、椿。
 あなたはこれから
 未来の夫となる方とお会いするのです。
 くれぐれも粗相のないように」

お母様の言葉を耳に流して、
やっぱり俺は確信する。

俺は確かに
このシチュエーションを
知っているのだが……はて。

「その方の名前は」

薄紙一枚の記憶の隔たりに
しかと思い出すことができなくて、

俺は言葉を紡ぐお母様の唇を
ただぼんやりと目で追いかけている。

「皇愁夜」

あっ!

その名前を聞いた瞬間、
俺は小さく叫んでしまった。

すべての記憶がつながった。

これは俺が前世で愛読していた乙女小説、
『冷たき星のもとに』の世界じゃねぇか!

前世、俺はとってもガタイのいかつい
男子高校生だったのだが、
男のくせに乙女小説を愛読する
一風変わった趣味の持ち主だった。

しかし、ある日不良に絡まれて、
抵抗したら挙げ句、
ナイフで刺されてしまい、
非業の死を遂げる。

「ってことは……俺、転生したのか」

俺は車の車窓に映る自身の姿に見入った。

それは前世とはまったく異なる容姿で、
正直、少し戸惑いを覚える。

幼くて華奢な、人形のように愛らしい少女。

「今の俺の名前は……藤堂椿。
 ……って藤堂椿?!」

思わず素っ頓狂な声を出してしまい、
運転手とお母様が怪訝そうな顔をして、
こちらを見た。

「失礼……いたしました」

俺は慌てて口元を押さえて、無作法を詫びた。

だがしかし、藤堂椿はマジでヤバい。

藤堂椿とは
この話のヒーロー『皇愁夜』の婚約者で、
ヒロイン高山葉月を徹底的にいじめ抜く
典型的な悪役令嬢なのである。

その後、ヒロイン高山葉月と結ばれた皇愁夜は
テンプレ通りに藤堂椿と婚約破棄、
そして藤堂椿を断罪し、
破滅へと追いやるのである。

「アイタタタタ、お母様
わたくしなんだかお腹が痛いの。
やっぱり今日の顔合わせは無理みたい」

とりあえず仮病を使ってみた。
が、秒でバレた。

「嘘おっしゃい、お腹が痛いと言いながら、
頭を押さえているじゃない。
いいから、篠原、そちらを押さえて」

俺は実の母親と、執事に取り押さえられて
皇家に連行される。

◇◇◇

「お初にお目にかかります。
 藤堂椿と申します」

振り袖を着て、はにかんだように
そう挨拶をした少女を
僕は素直に可愛いと思った。

この人は僕のお嫁さんになる人なのだと
少し前に親から聞かされた。

おっ……お嫁さんって……。

将来僕と結婚する人。

僕と彼女が……。

頭の中でそんな想像をすると、
なんだか少し恥ずかしいような気がした。

だけどこの人は僕にとって
そんな特別な人なのだと
認識すると、

更に胸がドキドキして、体温が上昇して、
否が応にも顔が赤面してしまう。

心が溢れてしまうことを、
僕は恥ずかしいと思った。

僕は皇家の跡取りだから、
一応専門の先生から
『ていおうがく』っていうのを
学んでいる。

それによると、上に立つ人間っていうのは
常に冷静かつ客観的に
物事を判断しなければならないそうだ。

そのためにはセルフコントロールというのが
重要になってくるのだけれど、

今の僕には
それがまったくできていない。

なぜなら僕は今、一人の少女を前にして
ひどく心が乱れているからだ。

ドキドキして、熱っぽくて、
胸の奥が甘やかに疼く。

この胸の高鳴りへの対処の方法を
『ていおうがく』は教えてくれなかった。

どうしよう。
どうしよう。
どうしよう。

僕はきゅっと上着の裾を握りしめて
必死にこの感情のうねりに耐えるのだけれど、

それでも視線を彼女から外すことができない。

彼女と目が合った。

すると彼女が親しみを込めて
にっこりと僕に笑いかけてくれた。

『女神、来臨!』

そんな単語が頭に浮かんで、
その後、

自分の中で
『プツン』という音がした。

きっと自分の中で、色んな感情が昂り過ぎて
ショートしちゃった音だと思う。

「なんだよ! このブス! こっち見んな!」

反射的にそんな言葉が、
口をついて出てきちゃったんだ。

僕ハ……
一体……
何ヲ言ッテ
イルンダ?

僕は自分の思考回路が停止するのを感じた。

「あら、やだ♡ おほほほほ」

少女は僕に笑いかけた。

次の瞬間、少女の拳が僕の顔面に繰り出されると、

僕は宙を舞った。

スローモーションのように部屋の景色が回り、
そのとき、

ああそうか、
僕は彼女に恋をしてしまったのだ。

そう唐突に悟った。

恋とは、耳元で睦言を囁くことではなく、
こんなふうに心を殴りつけて
はじまるものなのだなぁ。

そんなことを思いながら
僕は客間の絨毯の上に仰向けに倒れた。

シャンデリアが煌々と
僕の頭上を照らしている。











 


















< 1 / 18 >

この作品をシェア

pagetop