悪役令嬢、藤堂椿による華麗にて波乱なる純情政略結婚の心得(小説版)

第十三話 藤堂椿、乱れる。

藤堂椿の不意打ちに、
僕は一瞬持っていかれた。

彼女が触れた頬が、強かに熱を持ち、
僕はその場に立ち尽くす。

言葉を発することができない。

藤堂椿も僕の背中で震えている。

「あっ⋯⋯あのっ⋯⋯なんだろう⋯⋯
この微妙な間は⋯⋯。
皇、ひょっとして怒った? 
ねぇ、怒った?」

藤堂椿がその沈黙に恐怖し、
パニックに陥っている。

「いや、怒ってない。
怒ってないから!」

慌てて否定するけど、
僕も大概パニクってる。

「ねぇ、藤堂椿、どうしよう。
僕達、キスしちゃったんだけど、
ねぇ、どうしよう?」

焦ってよくわからんことを、聞いてしまった。

「どうしよう、じゃねぇだろ!
つうかお前もこの前俺にしたぞ?
あれはどうなんだよ?」

そうだよ、したよ。
確かに。

10年分の想いを込めた、くっそ重いヤツな。

だが、よもや、
キスが返ってくるとは思ってもみなかったんだよ!

絶対できないって思ってたんだよ!

そういうところにだなぁ、
死ぬほど惚れてる女の子に不意打ちで、
ほっぺにキスされた日にゃあ、

男はみんなパニクるっつうの!

童貞ナメるな!

「あっ、お前俺のことからかったんだな!」

背中で藤堂椿がキレた。

「ちっげぇわ! 
こっちもそんな余裕は
1ミリたりともないっつうの!」

なぜだが僕も逆ギレしてしまう。

「だったら、
そもそもなんで煽るんだよっ!」

背中の藤堂椿が怒鳴り声を上げ、

そうしていつもの、痴話喧嘩へと発展し、

「君が拒否するからだろっ!」

後は収集がつかなくなる。

嗚呼⋯⋯今日モ 僕ハ 募ル恋心ヲ
藤堂椿二 伝エ ラレナイ⋯⋯。

僕の頬に伝う幻の涙が、
夜風に消えた。

◇◇◇

一晩寝れば、俺の腰は完璧に回復した。

いや〜実に清々しい朝だ。

俺は自室から続くバルコニーに出て、
伸びをする。

ああ、燦々と輝く朝日が眩しいぜ!

そう思った瞬間、昨日のあの出来事が
一瞬脳裏にフラッシュバックした。

「⋯⋯無かったことにしよう」

俺は密かに決意を固めた。

身支度を整え、朝食を終えたところで

「椿お嬢様、皇家の車が
お迎えに参りました」

執事の篠原さんが、
衝撃の事実をしれっと告げる。

◇◇◇

「皇さま、
お迎えなんて本当によろしいのに。
身体のほうはすっかり回復いたしましたので
どうかお気を使われませんように」

俺は完璧令嬢、藤堂椿の仮面をつけて
皇愁夜に対峙すると、

「いいえ、僕の不注意のせいで
ああいうことになってしまったのだから、
当然のことです。
さあ、こちらにどうぞ、椿さん」

そう言って愁傷げに、はにかんだ笑みを浮かべて
皇愁夜は俺の手を取って車へとエスコートする。

ヤツもまた、無敵の帝王、
皇愁夜の仮面を貼り付けて俺に対峙する。

「⋯⋯」

車に乗り込むと、
俺達の間には
なんとも言えない沈黙が流れる。

「昨日、なんで着信拒否した?」

皇がむっつりと口を開いた。

「体調が優れず早めに休みましたので」

しれっと言ってやると

「嘘をつけ! 
メッセージのほうは既読スルーになってたぞ!」

チッ!

俺は内心舌打ちする。

「誤解があるなら、きちんと話し合えばいいし、
無視は、結構傷つくからヤメろ」

皇が拗ねたように、ふいと顔を背けた。

傷ついたのか⋯⋯。
コイツが⋯⋯。

俺はぱちくりと目を瞬かせた。

「それで? どういうつもりなんだ?
わざわざ朝っぱらから家にまで押しかけて」

車が発車したところで、切り出してやると

「どういうつもり⋯⋯って、
そりゃあ君と朝一緒に登校するための口実だよね」

皇はなんの照いなく、
しれっと発言しやがるが、

俺はまともにコイツの顔が見れない。

ああ、くそっ!
俺ってば、なんであそこでコイツに⋯⋯キス⋯⋯。

そこまで考えると、顔から火が出そうになった。

「ふ〜ん、藤堂椿⋯⋯乱れているね」

皇愁夜が余裕の眼差しを向けてくる。

「うっ⋯⋯うるっせいな!」

そう言い返すんだけど、
妙な感じで、声が上ずってしまった。

否定できないところが辛いところだ。

不意に肘掛けに置いていた俺の手に
皇はそっと自分の手を重ねた。

その感触に、俺の心臓が跳ねた。

「ちょっ⋯⋯おまっ⋯⋯」

抗議の声を上げようと顔を上げると、
皇の横顔が薄っすらと赤面している。

「僕も⋯⋯乱れているよ。
君に負けないくらい」

めちゃくちゃ、ぎこちなく手をつないだ俺達は、
その後終始無言で、

学校に着くまで、
死ぬほど重苦しい空気を共有した。

校門が近づいてくると、
その空気は更に重くなる。

校門前には、コイツの親衛隊⋯⋯もとい
取り巻きの女の子たちが出待ち状態なわけで、

そこに一緒に登校するってか?

皇の顔がいつものポーカーフェイスに戻り、
帝王のオーラを纏いながら俺をエスコートする。

「足元気をつけて、藤堂さん」

わざわざ俺のドアを開けて、
皇が手を差し出すと

「ありがとうございます」

無下にすることもできず、俺はその手を取る。

その光景に皇の取り巻きたちが、
ざわついた。

「お二人はどういうご関係なの?」

そんな声がヒソヒソと囁かれると、
皇は取り巻きたちに対してにっこりと微笑んだ。

「えっと⋯⋯日陰の愛人?」

俺はそう答えた皇の脇腹に
無言で小刻みに拳を繰り出す。

「ぐはっ⋯⋯」

皇は青い顔をして、口元を押さえた。

「失礼、僕の不注意で
藤堂さんに怪我をさせてしまってね、
怪我が良くなるまでは、
こうして登下校時のお世話をすることになったんだ」

そう言って皇は
キラッキラの笑顔を女子たちに向けた。

「え〜、絶対口実よ。だってお二人は⋯⋯」

あちこちで、
声を潜めた呟きが聞こえてくる。

まあ、そうなるわな。

下を向いた俺の手を、
皇がきゅっと掴んだ。

「そういうわけだから、藤堂さん、
放課後、腰椎の専門医に予約を入れているから」

そう言って皇がにっこりと微笑むと、

「えっ? 藤堂さま⋯⋯」

これ、ガチのやつだと、
取り巻きたちが軽く引いた。


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