社内では言えないけど ―私と部長の秘匿性高めな恋愛模様―
「え?」
 振り返ってみると、大村さんはこちらを見ずに、肩の高さにファイルを掲げている。
「あ、はいっ」
 私は急いで立ち上がり、彼の横に立ってファイルを受け取った。
「あ、これもやっといて」
 その隣の女性の先輩、村重(むらしげ)さんも、手にした書類をバサバサと鳴らす。
「データ入力と集計、分析まで済ませて。明日の午前中いっぱいでか」
「は……」
 私は返事をしようとして、その書類の束に一瞬凍りついた。
「おま……その量を明日までって、ちょっと可哀想だろ」
 私と同様、『無茶だ』と思ったのか、大村さんがやや呆れ顔で口を挟む。
「仕方ないじゃない。明日の午後の会議に必要なんだもん」
「だったら、もっと早く頼んでやれよ」
「だーかーらー。これのせいで、私の時間取られちゃったのよ」
 村重さんは不満げに、自分のパソコン画面を指で弾いた。
「あ……部長の個人面談……ですか?」
 私の質問に、「そ」と短く言って唇を尖らせる。
「自分でやろうと思ってたんだけど、明日の十時から面談入れられちゃったのよ。さすがにニ十分も取られたら終わらないし」
「いやいやいや……それにしたって、ギリギリすぎだろ」
 大村さんから指摘されて、彼女はムッと顔をしかめた。
「宇佐美さんだってもう三年目なんだし、このくらいちゃちゃっとできるでしょ。いいわよね?」
「え……っと」
「お前……後輩いじめだと思われるぞー」
「ひどい言い草……この程度のなにがいじめよ!?」
「あ、あのっ……大丈夫です、私」
 村重さんが憤慨して腰を浮かせたところで、私はとっさに声をあげた。
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