社内では言えないけど ―私と部長の秘匿性高めな恋愛模様―
 その日の夕刻、背中合わせのデスクの先輩たちが、「えええ」とどよめくのが聞こえた。
「なになに、個人面談?」
「明日から一週間で部内の全員って……湯浅部長、本気?」
 それを皮切りに、部内のあちらこちらで声があがる。
「……?」
 私は首を捻りながら、作成中の業績推移の表を一旦保存した。
 そっと振り返ってみると、後ろの席の先輩たちのパソコンには、メール画面が開かれている。
 どうやら、個人面談のお知らせメールが届いたようだ。
 総合職社員だけじゃなく部内の全員……ってことは、私も?
 あまりに不可解で、無意識に眉間に皺が寄ってしまう。
 今まで、そんなことあっただろうか?
 半信半疑でメールの受信トレイを確認して、私も「えっ」と小さく声を漏らしてしまった。
 差出人は『湯浅慧一郎(けいいちろう) 海外事業部部長』、件名は『個人面談実施のお知らせ』。
 本当に、全員が対象らしい。
 慌ててメールを開封すると、エクセルで作成された予定表が添付されていた。
『期初、ご多忙の折恐縮ですが、着任のご挨拶も兼ねて一人一人と面談の場を設けたいと思います』
 予定表を見ると、一人につき二十分、五十五個分の枠に私の名前もあった。
「う、嘘」
 課長ならともかく、海外事業部トップの部長と個人面談なんて、どう遡っても記憶にない。
 言葉を交わしたのは、後にも先にも、新人研修を終えて配属の挨拶をした時だけだ。
 私は緊張でガチガチのまま自己紹介して、『よろしくお願いします』と頭を下げた。
 部長から返ってきたのは、『頑張ってください』の一言で、一分も経たずに部長室を出た。
 この表も割り振りも、全部部長が自分で作ったんだろうか?
 三日目の午後二時、『宇佐美ちひろ』と書かれた枠を、ついつい前のめりで凝視してしまう。
 すると。
「あ、宇佐美さん。悪いけど、これ片付けといて」
 個人面談の話題は終わったのか、後ろの席から男性の先輩、大村(おおむら)さんが声をかけてきた。
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