社内では言えないけど ―私と部長の秘匿性高めな恋愛模様―
 二人の視線が、同時にこちらに向けられる。
「明日の午前中いっぱいですね、承知しました」
 私はぎこちなく笑って、彼女から書類の束を受け取った。
「そ? じゃあよろしく」
 多少なりともきまり悪くはあったのか、村重さんはふんと鼻を鳴らし、席を立った。
 スタスタと歩いていくその背を見送って、私は思わず溜め息を零す。
 すると、
「おい、宇佐美さんさー」
 大村さんが、私にも呆れ顔を向けていた。
「いくらなんでも、無茶振りだろうよ、それ」
 腕組みをして踏ん反り返りながら、私の手元の書類を顎で示す。
「あんまりホイホイ引き受けてると、なんでもかんでも押しつける奴が出てくるから。あまり甘やかすなって。自分の首絞めるだけだぞー」
「はい……でも、なんとかなりますから」
 私の優等生的な返事がつまらなかったのか、彼はひょいと肩を竦める。
 そして、くるりと椅子を回転させて、自分のデスクに向き直った。
 私はぺこりと会釈して、彼から預かったファイルを片付けに、書庫へと小走りした。
 横に長い造りの書庫は、両側の壁に棚が設置されていて、真ん中の通路は人がなんとかすれ違える程度の幅しかない。
 私はファイルをしまい終えると、棚に背を預けて肩を落とした。
 ーーホイホイ引き受けなくても、結局なんでもかんでも押しつけられる。
 ファイルを書庫に戻すくらい自分でやってほしいとか、ギリギリまで溜め込んだ仕事を土壇場で振ってこないでほしいとか、私にだって思うことはたくさんある。
 それでも断れないのは、言いたいことをのみ込む、私の性格だけが理由ではない。
 総合職の補佐的業務を行う事務職、それが私の役割だから。
 あの村重さんも、最初はすごく申し訳なさそうに頼んできた。
 それでも、それが私の役目と引き受けていたから、それでいいんだという認識に変わったのかもしれない。
 こういうことはもはや日常茶飯事で、本人は後輩いじめとはまるで思っていない。
 そこに悪意はない、そう思っていた方が、みんなも私も平和でいられる。
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