社内では言えないけど ―私と部長の秘匿性高めな恋愛模様―
「部長、あの……私、そろそろ帰ります」
席を立ち、恐る恐る部長席に歩いていくと、部長がタブレット端末を操作する指を止めた。
「ん? もういいのか」
やや怪訝そうな顔をされて、私は首を縦に振って応える。
「あとは、明日出社してからで間に合いそうなので……」
「……そうか」
私のぎこちない笑顔に相槌を打ち、部長は椅子を軋ませて立ち上がった。
「もう出られるか?」
黒いレザーのカバンにタブレットを収め、私を一瞥する。
「はい」
「では、行こう」
「いこ……? はっ、はいっ」
上着の襟を直しながら、横を過ぎていく部長に、私は首を縮めて従った。
思わず返事しちゃったけど、この流れだと二人でエレベーターに乗ることになるんじゃ……?
ってことは、ビルを出るまで一緒?
万が一同じ電車だったらどうしよう。
一緒に乗るのも、わざわざ別の車両に乗るのも、どっちも気まずくない?
私は戦々恐々としながら、部長との間隔を保って通路を歩いた。
エレベーターに乗っても、操作盤の前でひたすら階数表示を見つめてやり過ごした。
ほんの数十秒が、永遠にも思えるような時を経て、ようやくグランドフロアに到着した。
そしてドアが開くと、
「お疲れ様」
部長は涼しい顔で通り過ぎていった。
「あ、お、お疲れ様でした……」
私はその場に直立して、エレベーターホールから出ていく部長に、深く頭を下げた。
再び顔を上げた時には、もうその堂々とした背中は見えなかった。
余計な杞憂に終わってよかった。
その瞬間の開放感といったらーー。
「はーっ……」
私は心の底からホッとして、大きな安堵の息を吐いた。
肩から力が抜け落ちた、と実感するほど力んでいたことを、今になって自覚する。
湯浅部長ーー目鼻立ちが整った綺麗な顔立ちの上、あまり表情を変えないせいで、ますます怖いというか凄みがある人だ。
抑揚に乏しく、無駄を省いた話し方もとっつきにくいし、近寄り難く感じる。
だけど、言ってることは冷たくはない。
むしろ、全部文字に起こして見直してみたら、優しいことを言われていた……ような?
自分の思考に、私は思わず首を傾げる。
だけど結局、頭を横に振って吹き飛ばした。
部長が思ったほど怖くない人だとしても、私にはあまり関係ないこと。
私が部長と言葉を交わす機会なんて、そうそうないんだから。
席を立ち、恐る恐る部長席に歩いていくと、部長がタブレット端末を操作する指を止めた。
「ん? もういいのか」
やや怪訝そうな顔をされて、私は首を縦に振って応える。
「あとは、明日出社してからで間に合いそうなので……」
「……そうか」
私のぎこちない笑顔に相槌を打ち、部長は椅子を軋ませて立ち上がった。
「もう出られるか?」
黒いレザーのカバンにタブレットを収め、私を一瞥する。
「はい」
「では、行こう」
「いこ……? はっ、はいっ」
上着の襟を直しながら、横を過ぎていく部長に、私は首を縮めて従った。
思わず返事しちゃったけど、この流れだと二人でエレベーターに乗ることになるんじゃ……?
ってことは、ビルを出るまで一緒?
万が一同じ電車だったらどうしよう。
一緒に乗るのも、わざわざ別の車両に乗るのも、どっちも気まずくない?
私は戦々恐々としながら、部長との間隔を保って通路を歩いた。
エレベーターに乗っても、操作盤の前でひたすら階数表示を見つめてやり過ごした。
ほんの数十秒が、永遠にも思えるような時を経て、ようやくグランドフロアに到着した。
そしてドアが開くと、
「お疲れ様」
部長は涼しい顔で通り過ぎていった。
「あ、お、お疲れ様でした……」
私はその場に直立して、エレベーターホールから出ていく部長に、深く頭を下げた。
再び顔を上げた時には、もうその堂々とした背中は見えなかった。
余計な杞憂に終わってよかった。
その瞬間の開放感といったらーー。
「はーっ……」
私は心の底からホッとして、大きな安堵の息を吐いた。
肩から力が抜け落ちた、と実感するほど力んでいたことを、今になって自覚する。
湯浅部長ーー目鼻立ちが整った綺麗な顔立ちの上、あまり表情を変えないせいで、ますます怖いというか凄みがある人だ。
抑揚に乏しく、無駄を省いた話し方もとっつきにくいし、近寄り難く感じる。
だけど、言ってることは冷たくはない。
むしろ、全部文字に起こして見直してみたら、優しいことを言われていた……ような?
自分の思考に、私は思わず首を傾げる。
だけど結局、頭を横に振って吹き飛ばした。
部長が思ったほど怖くない人だとしても、私にはあまり関係ないこと。
私が部長と言葉を交わす機会なんて、そうそうないんだから。