社内では言えないけど ―私と部長の秘匿性高めな恋愛模様―
 その夜、私はお風呂上がりで髪をタオルで巻いたまま、自室に戻った。
 まっすぐに小学生の時から使っているデスクに向かい、ノートパソコンを開く。
『今日はちょっと残業して、午後十時近くに家に帰ってきました。あまり食欲が湧かず、夕食はパス。お風呂に入って、今このブログを書いてます』
 パソコンが起動すると、早速ブログを書き始めた。
 八畳の部屋に、私がキーボードを叩く音だけが響く。
『事件というほどではありませんが、なんと今日残業中、新しい上司に声をかけられてしまいました。一緒にオフィスを出る流れになり、二人でエレベーターに乗る羽目に……。緊張しすぎて、口から心臓飛び出るかと思いました』
 尋常じゃないほど速かった自分の心拍を思い出し、苦笑しながら文章を綴る。
『噂通り、厳しそうな人。威圧感すごいし、言葉足らずでとっつきにくいのはあるかも。でもなんというか……』
 そこまで書いたところで、私は言葉を探して手を止めた。
 両手で頬杖をつき、ぼんやりと湯浅部長を思い浮かべる。
 二人きりのエレベーター、緊張したのは本当だけど、怖くはなかった。
 エレベーター内の空気も、凍りつくほど冷たくはなかったし……。
 あの時部長に感じた不思議な感覚を言い表す、いいワードが見つからない。
 私は脳みそを絞って絞って考えた挙句ーー。
『上司が発した数少ない言葉に、温もりみたいなものを感じました。声は低いし柔らかい口調には程遠いのに……どうしてでしょう?」
 誰にともなく問いかけ、自分でも首を傾げながら、今日のブログは締めくくることにした。
 内容を見直し、文章スタイルを整えてから、ボタンをクリックして投稿完了。
 私は椅子の背もたれに深く寄りかかって、低い天井を見上げた。
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