社内では言えないけど ―私と部長の秘匿性高めな恋愛模様―
 温もりーーそう、それが正しいかもしれない。
 新しい職場に来て早々、自分の時間を割いて部員全員と個人面談をするなんて、一人一人ときちんと向き合うという考えだからだろう。
 メールにはご挨拶を兼ねた個人面談とあったけど、その目的は部長自身が部員たちを知ることにあるはず。
 それをたった一週間でーー。
「そう言えば……」
 私はふと独り言ち、再びマウスを操作した。
 そして。
「やっぱり。『湯けむり旅情』さんの意見も、一週間だった」
 パソコンに開いたのは、部長交代のブログに寄せられた、『湯けむり旅情』さんのコメント。
 湯浅部長の行動は、『湯けむり旅情』さんが言う『デキる上司』そのものだ。
 一週間で部下全員の顔と名前を覚えるというのは、上に立つ人間の間では鉄則なんだろうか。
 『上司論』的なビジネス書で、そう定義されているとか……?
 私は椅子から背を起こし、ウェブで検索しようとしかけて、結局やめた。
 パソコンをシャットダウンして、パタンと閉じる。
 私が知るべきは、上司論のような高等スキルではない。
 もっともっと基本的なこと。
 人間社会で普通に過ごすために必要な基礎スキルだ。
 現代の多様性社会は、自己主張せず、人に意見を合わせるばかりの私のような人間には、ストレスフルそのもの。
 いつもいつも、『自分』がどこにいるのか見失いそうになる。
 それでも留まっていなきゃいけない。
 組織の歯車として、心を軋ませないように生きていくしかないのだから。
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