社内では言えないけど ―私と部長の秘匿性高めな恋愛模様―
 東京駅から徒歩五分ほど。
 日本の金融・経済の中枢を担う大企業の、錚々たる本社ビルが立ち並ぶ丸の内エリア。
 私が勤める大手海運会社『四葉(よつは)商船(しょうせん)』も、この街の一角にある。
 本社ビルは地上三十五階、地下四階建て、全面ガラス張りの近代的な外観で、一際真新しく人の目を惹く。
 近年、五年の月日をかけて大かがりな建て直し工事が行われ、私が入社した二年前に完成、竣工した。
 ありがたいことに、私は真新しいオフィスで社会人生活のスタートを切った。
 私が配属された海外事業部は、全世界にある海外支社の運営・統括、さらに新規事業の開拓を担う部署だ。
 総合職の先輩たちは、入れ替わり立ち替わりで海外出張に出ていて、総勢五十五人が所属する広々としたオフィスはわりと見晴らしがいい。
 そんなオフィスで、今朝、臨時朝礼が行われた。
 窓を背にした部長席の前に、部員たちがずらりと参集する。
 最後尾に立つと、一番前の人の顔ははっきり見えないくらい遠い。
 そのため、発言者はマイクを使用する。
「十月一日付で、海外事業部部長に就任しました。湯浅(ゆあさ)です」
 低く落ち着いた声が、マイクを通してフロアに響き渡った。
 うちの会社では、四月と十月に大掛かりな人事異動がある。
 四月が一般社員なのに対し、十月は役員や部長クラスだ。
 去年も一昨年も、海外事業部部長の異動はなく、社会人三年目の私にとって、部長の交代はこれが初めて。
 でも私はただの事務職、海外事業部で最年少の末端社員で、普段の業務で直接部長と関わることはほぼない。
 課長の交代の方が影響は大きい。
 それでも、部のトップが代わると部内の雰囲気が変わりそうだし、ほんの少し不安がよぎる。
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