社内では言えないけど ―私と部長の秘匿性高めな恋愛模様―
「……悔しくないのか?」
 私が黙って目を伏せているからか、部長は探るように訊ねてきた。
「……え」
「残業が多いのは、仕事に時間がかかるからではない。期限ギリギリだったり、貯めに貯め込んでから振ってくる総合職社員のせいだろう?」
 肯定を促す質問に、私はそっと顔を上げた。
 部長はそれを待っていたのだろうか。
 まっすぐ目が合うと、唇の端にわずかに笑みを浮かべた。
「よかった。『悔しい』気持ちはあるようだな」
 私はなにも言ってないのに、どうしてそう思ったんだろう。
 決めつけるような部長の表情に、言葉に、私は当惑しかない。
 部長は、テーブルに両肘をのせた。
 顔の前で両手の指を組み合わせ、その向こうから私をまっすぐ見据えてくる。
「現状を打開するには、まず君は、先ほど挙げたような無理な要求、押し付け仕事は断じて断らなければならない」
「え……」
「今のまま、どんな仕事でもあっさり引き受けていても、なんの得にもならない。それはよくわかっているだろう?」
「…………」
 そう問われて、私はテーブルに目を落とした。
 膝の上で握りしめた両手を見つめ、無意識に唇を噛むと。
「『できるものならとっくにやっている』……そういう顔だな」
 またしても、心の中をストレートに言い当てられ、私はギクリと身体を強張らせた。
 恐る恐る目線を上げ、部長の表情を窺う。
「君自身わかっているなら、断れない理由はなんだ? 他にやる人がいない? それとも、自分がやらなければ、誰かが代わりに同じ目に遭うと心配しているのか?」
 矢継ぎ早な質問に、気持ちが竦む。
 でも、部長との個人面談で黙りを通していては、私という部下の印象がますます悪くなるだけだ。
 静かな焦りが、胸に広がる。
 嫌な汗が背筋に伝うのを感じながら、テーブルの一点を見つめていると。
「宇佐美さん」
 意外と柔らかい声で呼びかけられ、ビクンと肩が震えた。
「私は、君がどんな思いで仕事をしているか知りたい。私に教えてくれないか」
「……教える?」
 そのワードに心をくすぐられて、私は自分の口で反芻した。
「そう」
 部長は穏やかに相槌を打つ。
「無理強いはしないが、教えてもらえると助かる」
 繰り返し告げられ、私はこくりと喉を鳴らした。
< 20 / 104 >

この作品をシェア

pagetop