社内では言えないけど ―私と部長の秘匿性高めな恋愛模様―
 確かに、開始から二十分が経とうとしていた。
 個人面談とかそういう類のものは苦手だし、いつも胃が痛くなる思いで臨んでいたけど、今日はなんだかあっという間だったーー。
「悪いが、次の人に声をかけてくれないか? 君と同じチームの川原(かわはら)だ」
「は、はい」
 促されるようにして、私は椅子から立ち上がった。
 その場で姿勢を正し、
「あの……ありがとうございました」
 深々と一礼する。
 何故だか、名残惜しい。
 そう思う自分に困惑しながら、くるりと踵を返すと。
「……ぱり、……る」
「え?」
 ボソボソと声が聞こえて、振り返った。
 部長は私と目が合うと、ハッとしたように口元を手で押さえる。
「ああ、いや……」
「……?」
 先ほどまでの悠然とした部長から微かな動揺が伝わってきて、私は首を傾げた。
 部長は口から手を離し、かぶりを振る。
「なんでもない。仕事に戻って」
「あ、はい……」
 私は、誰にも聞かせるつもりのない独り言に、聞き返してしまったんだろうか。
 首を縮め、やや急足でドアに向かい、そそくさとお辞儀をして会議室を出た。
 ドアを閉めると、自然と吐息が漏れた。
 気恥ずかしくなるくらい喋った気がする。
 他人にこんなにいろんなことを話したの、後にも先にもこれが初めてだ。
 その相手が、陰で鬼神とまで呼ばれる上司だなんて、自分でも信じられない。
 でも、我に返って思い返してみても、肝が縮み上がるとか、そういう嫌な感覚ではない。
 湯浅部長、みんなが言うほど怖い人じゃないのかもーー。
 他人に好意的な評価をしたのなんて、いつ以来だろう。
 ちょっぴりくすぐったい気分で、私は執務室に戻った。
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