社内では言えないけど ―私と部長の秘匿性高めな恋愛模様―
「あ、はいっ。お疲れ様です」
 私は条件反射で立ち上がり、ペコリと頭を下げた。
 部長は私とパソコンモニター、それから手元の書類を順繰りに見遣り、ほんの少し顔をしかめる。
「また残業か。どうも、君のチームの人間は他人に頼りすぎのようだな」
 なんと答えていいかわからず、私はぎこちなく首を傾げた。
 だけど部長は私にではなく、自分に確かめて口にしていたようだ。
 かぶりを振って呟きを打ち消すと、改めて私を見下ろした。
「それで宇佐美さん。君はまた最終退社当番と替わるほどの残業なのか?」
「い、いえ!」
 厳しい顔で問われ、私は慌てて首を振った。
「私も、今日はそこまでは」
 私の返事を聞いても、部長は表情を変えない。
 おもむろに腕組みをして、背筋を伸ばすとーー。
「君は入社当時から現在のチームの所属だな。今まで一度も配置替えはない」
「え? あ、はい……?」
 部長がずっと険しい……というか不機嫌? いや、不服そうな顔をしているから、不安になって、私の返事も小さくなる。
 部長は顎を撫でて思案していたけれど、私の視線に気づいたのか、ハッと手を離す。
「いや、なんでもない」
 誤魔化すようにその手を翳し、一歩下がった。
 それでも私が眺めるのをやめないからか、
「……宇佐美さん?」
 ちょっと怪訝そうに眉根を寄せる。
「あ、すみません」
 私もハッと我に返り、部長から一歩分離れて頭を下げた。
「いえ、あの……」
 不躾に見てしまった自分に戸惑いつつ、その理由を探して……。
「部長、私のこと覚えてくださってるんですね」
「……は?」
 はにかんで告げると、部長は虚を衝かれたような顔をした。
< 25 / 104 >

この作品をシェア

pagetop