社内では言えないけど ―私と部長の秘匿性高めな恋愛模様―
「あ、ええと……着任されてまだ一週間も経たないのに、私みたいな末端社員を覚えてくださってるなんて、すごいなあって……」
「そんなことか。当たり前だろう」
 目が点といった顔つきだった部長は、『やれやれ』と言わんばかりに、憮然とした表情に変わった。
「全社員と言われれば一週間じゃ無理だろうが、海外事業部の五十人程度、一週間で十分だ」
「でもうちの部、毎日全員がいるわけじゃないですし……」
「まあ……一応プラス一週間の猶予を持って臨んではいたが」
「それでいいと思います。私も二週間くらいは必要だと……」
 柄にもなく意気込んで答えながら、ふと口を噤んだ。
 こんなやりとり、どこかで……。
 妙な既視感を覚え、なんとなく部長に目線を上げる。
 すると。
「……? なにか?」
「あ、いえ……すみません、ジロジロと」
 訝しげに問われて、私は謝罪で誤魔化した。
 部長はまだ引っかかるのか、不審そうな顔つきだけど。
「まあいい。君も早く切り上げて帰れ」
「はい」
 私の横を通り過ぎ、自席に向かう広い背中を見送って、私は無意識に吐息を漏らす。
 ーー多分。
 『湯けむり旅情』さんって、部長と考え方が似てるんだろうな。
 人の上に立つ管理職という共通点もあるし、実際に会ったら結構厳しい人かもしれない。
 いや、でも、ただ厳しいんじゃない。
 筋が通った、凛とした人という方が正しい。
 部長が着席するのを見て、私も再び腰を下ろす。
 そして、最後にもうひと頑張りとばかりに、入力作業を進めた。
< 26 / 104 >

この作品をシェア

pagetop