社内では言えないけど ―私と部長の秘匿性高めな恋愛模様―
『湯けむり旅情さん、おはようございます。いつもありがとうございます』
 いつものように朝の通勤電車で、私はブログに寄せられたコメントに返信していた。
 昨夜は、会社に持っていった手作り弁当の話題。
 私はたまーに作る程度で、世のママたちの素晴らしいキャラ弁には程遠い。
 だけど昨日は自分でもなかなかだと思う仕上がりだったので、ブログで紹介したのだ。
『お弁当への称賛、ありがとうございます! 毎日頑張って手作りするわけじゃなく、紹介するのも恥ずかしいですが、昨日は自分なりに満足な出来栄えだったので、写真撮っちゃいました。味をしめて、今日もお弁当持参です(笑)』
 そこまで書いて送信しようとして、スマホを操作する指を止めた。
 ふと目線を上げると、電車の窓から外の景色が見える。
 東京駅が近づいてるのを確認して、もう一度スマホに目を落とした。
『追伸。私の新しい上司の件ですが……本当に一週間で、私も含め、部員全員の顔と名前を覚えたようです! この間残業した時、名前を呼んで声をかけてくださいました。なので私は、真に有能なデキる上司という評価に至りました』
 追伸部分を見直して、二の腕に力こぶを作る絵文字を添えて送信ーー。
 湯浅部長は、陰で私ごときに上司としての能力を評価されているなんて、夢にも思わないだろうな。
 ちょっぴり悪戯している気分でドキドキする。
 でも、嫌な心拍じゃない。
 部のトップの部長が、私を知って声をかけてくれるだけで、仕事に行くのが少し楽しい。
 ワクワクしてる……といっていいんだろうか。
 胸が弾む、そんな感覚を味わえるなんて、自分でもびっくりだ。
 コメント送信完了画面に、思わず笑みが零れる。
 スマホをバッグにしまい、空いた手で吊り革を握った。
 そして、車窓の移りゆく景色を眺めながら、東京駅到着を待った。
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