社内では言えないけど ―私と部長の秘匿性高めな恋愛模様―
 ワンフロア下の法務部は、よくお使いで来る場所だ。
 呼び鈴を鳴らすと出てきてくれる事務職の女性も、すっかり顔馴染みになった。
 書類の通番を確認して受渡簿に印鑑を押し、クリアファイルに収められた書類を受け取る。
 これでお使い完了。
 まっすぐオフィスに戻ると、大村さんも村重さんもなにやらバタバタしていた。
 いや、主にバタバタしているのは、大村さんに急かされて焦った様子の村重さんだけかもしれない。
 なんだか、声をかけづらい空気だけど……。
「あの……村重さん、書類、受け取ってきました」
 意を決して報告したものの、村重さんは案の定、鬱陶しそうに顔をしかめた。
「ああ、そ。じゃ、そこ置いといて!」
 急な会議でも入ったんだろうか。
 村重さんはデスクを引っ掻き回してファイルを探し出し、「あったあった!」と声を弾ませた。
「そこって、あの……」
 大事な契約書なのに、こんな散らかったデスクに置いて大丈夫だろうか?
 私が躊躇したのが、村重さんは気に食わなかったようだ。
「あーもうっ。ちょうだいっ」
 イライラした口調で言い捨て、私の手から乱暴に書類を引ったくった。
「村重、行くぞ!」
 よほど時間が迫っているのか、大村さんはさっさと先に歩き出している。
「行くわよ、待って!」
 村重さんは勢いよく立ち上がると、私の肩をドンと押した。
 そして、唖然とする私の前を通り過ぎて行ってしまった。
 私はポカンと口を開けて、慌ただしくオフィスを出ていく二人を見送った。
 でも、とにかく契約書の受け渡しは済んだ。
 村重さんは契約書も一緒に抱えて行ったけど、このごちゃごちゃのデスクに放置されるよりずっと安心。
 私は自分でそう納得して、席に着いた。
 そして、村重さんに言われた通り、今週いっぱいはこのチームの仕事をしっかりやろうと、パソコンに向かった。
< 37 / 104 >

この作品をシェア

pagetop