社内では言えないけど ―私と部長の秘匿性高めな恋愛模様―
 そんな中、色もスタイルもベーシックなオフィスカジュアルの私に、目を留める人がいるわけない。
 身長百五十五センチの痩せ型で、体型的にも頼りない感じ。
 顔立ちも、至って地味。
 社会人として必要だから、最低限のナチュラルメイクをしているだけで、陰影とか強調とかのテクニックは皆無。
 髪もありふれたミディアムスタイルで、仕事中邪魔にならないよう、ハーフアップにしている。
 能力的にも特筆すべきところはなく、私の代わりはいくらでもいる。
 控えめと言えば聞こえがいい、おとなしく垢抜けないシロツメクサみたいな凡人なんだから。
 私は気を取り直して、やや横の角度から、改めて新部長を観察した。
 隣にいる課長が小柄で百七十センチないせいもあるけど、比べるまでもなくかなりの高身長……軽く百八十センチはあると思う。
 漆黒の艶やかな髪は、前髪を上げたナチュラルなスタイルで、広い額が聡明さを物語っている。
 なだらかな曲線を描く形のいい眉に、涼しげな切れ長の目、真一文字に結ばれた薄い唇。
 先輩たちがイケメンと評した通り、綺麗な整った顔立ちだ。
 だけど、あまり表情が動かないのもあって、ちょっと怖そうだな……。
 前方、部長の近くを囲むように並んだ総合職社員たちが、揃って戦々恐々とした面持ちなのは、私と同じ印象を抱いたからだろうか。
 朝礼が散会して自席に戻ると、彼らが私の後ろを通っていった。
「鬼を通り越して鬼神部長降臨! ……って感じだよな……」
「今期の業績目標、倍は上乗せしてくるぞ。達成できなきゃ、次の人事で僻地に飛ばされる」
 いつも大きく胸を張って、颯爽とオフィスを闊歩している男性社員たちの怯えぶりを見ても、本当に本当に怖い人なのかもしれない。
 でもーー。
 私はそっと、部長席を見遣った。
 業績目標倍増とか、僻地に左遷とか、そんな横暴な人が人事に評価されるだろうか?
 噂を鵜呑みにして萎縮しすぎても、結果が出なくなりそうだけど……。
 そんなことを危惧した自分に肩を竦めて、私はパソコンに向き直った。
 目標を課せられ、数字を叩き出さなきゃいけないのは、総合職の先輩たちだ。
 事務職の私の役割は、その人たちの補佐。
 なにをやっても、数字に結びつくことはない。
 ずっとそうだったし、これからだって、新部長と言葉を交わす機会はそうないだろう。
 一年経っても、顔と名前を覚えてもらえない可能性の方が高い。
 だからきっと、私の仕事と生活には、なんの変化もないはず。
 その方が、私もありがたい。
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