社内では言えないけど ―私と部長の秘匿性高めな恋愛模様―
 新しいチームでの仕事は忙しいけど、私は時々窓を背にした部長席を眺めてしまう。
 今日も光山さんに頼まれた、ヨーロッパにある港における船積量の集計作業の途中、部長席に総合職の男性が向かっていくのに気づいて、キーボードを叩く指を止めた。
 男性が部長席の前で立ち止まった。
 声をかけられたのか、部長が顔を上げる。
 男性から書類を受け取った部長は表情を変えない。
 男性の説明に耳を傾けながら、ゆっくりと書類を捲っている。
 あまりいい報告ではないのかもしれない。
 部長の眉間に皺が寄り、こちらに向けられた男性の背中にはそこはかとない緊張感が漂っている。
 その様子を窺う私も気が気じゃない。
 息をひそめて見守っていると、男性がビシッと背筋を伸ばしてから頭を下げた。
 まるで軍隊のようにキビキビと回れ右をして、部長席から離れていく。
 彼の表情は強張っている。
 それでもやや安堵したような様子は、部長によくない報告をしなきゃいけない重荷から解放されたからだろう。
 湯浅部長が着任して一ヵ月が経過したけど、未だ多くの部員が部長を恐れている。
 部長にとって、仕事中に笑うのって大変なことなのかな。
 立場上、厳しく叱責しなきゃいけない時もあるだろうし、私との『競争』どころじゃなさそう。
 ちょっぴり心配しながら肩を竦め、仕事を再開しようとして、私は思わず目を見開いた。
 部長は男性を見送った後、指で眉間を解していた。
 続いて頬骨のあたりを摩る……その仕草でピンと来た。
 間違いない。
 今部長は、表情が固かったことを気にしてる。
 仕事だから厳しいことは言っても、怖がらせないよう、表情は柔らかくしたかった、なのにできなかった――そんな心情が垣間見えて、なんだかとても微笑ましい。
 無意識に目尻が下がる。
「ふふ」
 吐息混じりの小さな声が聞こえたはずはない。
 だけどまさにそのタイミングで、部長が目線を上げた。
 気配を察したのか、私の方に視線を向ける。
 私と目が合うと、一瞬ハッとした顔をした。
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