社内では言えないけど ―私と部長の秘匿性高めな恋愛模様―
 大混雑の駅を抜けると、会社までは一本道だ。
 光山さんが私にペースを合わせてくれたので、歩道の端をゆっくり歩いていると、たくさんのビジネスマンが私たちを追い越していく。
 うちの本社ビルまで徒歩五分だけど、無言のままではさすがに間が持たない。
「あの……今日のミーティング、午後一時からですよね?」
 意を決して話題を振ってみたら、頭上から「うん」と短い相槌が返ってきた。
「宇佐美さん、議事録作成上手だよね」
「え、そんなこと……」
 話題を広げてくれたことにホッとしつつ、思いがけない賛辞に恐縮してしまう。
「見直しても修正必要ないし、提出する俺が湯浅部長に褒められる」
「部長に?」
「あ、手柄奪ってるみたいでごめんね」
 部長の名前が出てきたから思わず反応してしまったけど、ズルいと思ったと取られたのかもしれない。
 バツが悪そうに謝られ、慌てて首を横に振った。
「い、いえ。チームの仕事ですから、光山さんが部長からお言葉をいただくのが当然です」
「……ま、怒られる時も俺だけなんだけどねー」
 眉をハの字に下げる光山さんに苦笑いで返しながら、ちょっと気になって上目遣いで窺う。
「あの……」
「ん?」
「光山さんも湯浅部長のこと怖いと思いますか?」
「え?」
 コソッと問いかけると、光山さんは訝しそうな顔をした。
「どういうこと?」
「それは、ええと……うちの部、部長のこと怖いって思ってる人が多いみたいなので……」
「宇佐美さんは? どう思う?」
 質問の理由を説明したら、逆に質問で返されてしまった。
 一瞬虚を衝かれたけれど。
「いいえ。私はそうは思いません」
 私は確信を持って、はっきりと否定した。
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