社内では言えないけど ―私と部長の秘匿性高めな恋愛模様―
 私は曖昧な返事に逃げ、光山さんに頭を下げた。
「そっか、それじゃ仕方がない。君の言う通り、来週チームの飲み会もあるし、その時ゆっくり……」
 光山さんが取り繕った笑顔で言ってる途中で、部長は私たちの横をすり抜けて行く。
 あ、と目で追ったけど、部長が歩くスピードは驚くほど速い。
 すぐに見失いそうで、その背から目を離せない。
「は、はい。来週みんなで飲み会、楽しみにしてます」
 光山さんに早口でそう言って、挨拶もそこそこに踵を返した。
 混み合った社食の通路は歩きにくい。
 なのに部長は混雑をものともせず、どんどん遠ざかっていく。
「あ、まっ……待って……!」
 社食を出ていく背中を、私は必死に呼び止めた。
「部長、湯浅部長……待ってくださいっ……」
 何度目かの呼びかけがようやく届き、部長はエレベーターホールの手前の廊下で立ち止まった。
 息を切らして追いついた私を、ゆっくりと振り返る。
「なんだ」
「あの……助けてくださって、ありがとうございました」
 私は呼吸を乱したまま、お礼を言った。
「部長が言ってくれた通り、どうしようって困ってたんです」
 ぺこりと頭を下げて、改めて部長を見上げる。
 けれど部長は、先ほど光山さんに向けていた時より険しい表情をしていて、一瞬怯んでしまった。
「あ、あの……」
「断れないにも程があるだろう」
 部長はやや語気を荒くして、低い声で言い捨てる。
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