社内では言えないけど ―私と部長の秘匿性高めな恋愛模様―
 私と部長の間に広がった重苦しい空気を破ったのは、部長だった。
「……すまない。きつい言い方をしてしまった」
 無理やり苛立ちを押し殺したような、淡々とした言い方。
 私の視界の真ん中で、部長の黒い革靴の爪先が向きを変えた。
 ハッとして顔を上げると、部長はすでに歩き出していた。
 部長……。
 そういう形に口は動いたのに、声が喉に張りついて、呼び止められるだけの音にならなかった。
 広く大きな背中が私を拒絶しているようで、そこに漂うなんともいえないオーラに怖気づいてしまう。
 だけど、いつもより小さく見えるのは何故だろう。
 俯き加減でエレベーターホールに消えていった部長は、肩を落としていたように見えてーー。
「あ……」
 思い当たって、私の心臓がドクッと沸き立つ。
 確かに部長は、光山さんから強引な誘いを受けてもオドオドするばかりで、自分で対処すらできなかった私を軽蔑したかもしれない。
 でもそれ以上にしっくりくる可能性がある。
『人にがっかりさせるのが嫌で断れない君』
 あれは、私に失望したからでた言葉?
 たくさん助けてもらったのに報いるどころか、私自身は相変わらずなままだから……。
「失望……」
 自分の掠れた声が胸に刺さる。
 なに一つ変われない。
 部長の恩に仇でしか返せない自分が嫌で、泣きそうだった。
< 72 / 104 >

この作品をシェア

pagetop