社内では言えないけど ―私と部長の秘匿性高めな恋愛模様―
 自分を偽ってるわけでも、他人に嘘をついて生きてるわけでもない。
 ただ、自分の気持ちを言えないだけ。
 それでも人に嫌な思いをさせずに済むし、その方がきっとみんな平和だ。
 私はずっとそうやって生きてきたけど、それは自分への言い訳だったのかもしれない。
『嫌なことを嫌と言えない、断れない。誰とも本音で話せない。そんな自分が嫌いだけど、それで周りの空気は悪くなることはない、そう思っていました。なのに、そういう私の態度が、上司を失望させてしまいました。変わりたい。でも変われない。もうどうしていいかわかりません』
 こんな後ろ向きなブログを書いたのは久しぶりだ。
 通勤電車に揺られながら、いつも通りブログのコメントをチェックする。
 思った通り、読者さんたちも反応に戸惑っている。
 姿は見えない、声も聞こえない、どんな表情をしているかもわからない人たちなのに、それが手に取るようにわかった。
『なにかあったの? この間の、気晴らし方法の話題の時もそう思ったけど……』
『焦る気持ちもわかるけど、あまり思い詰めないで。そんなすぐに変われるもんじゃないんだから、人間って』
 みんな慰めてくれるけど、腫れ物に触るようなコメントだ。
 なんて返事をしたらいいかすらアイデアが浮かばず、次々とコメントを既読にする。
 私の指はほとんど惰性で動いていた。
『うさぎさん。思ったんですが、その上司とどんなやり取りをして失望させたと感じたんですか? 自分を責める前に、まずそこから振り返ってみたらいかがでしょう?』
 そのコメントを最後まで読んで、私は無意識に瞬きを繰り返した。
「だからそれは……」
 スマホを操作する指を止め、小声で独り言ちる。
 目を伏せ、かぶりを振って独り言を打ち消し、次のコメントを開いた。
『詳しい経緯がわからないけど、私が思うに、その上司の方、うさぎさんが心配なんだと思いますよ。私も本気で心配な時、自分の意思とは関係なく口調が強くなっちゃうこと、ありますから』
 私は思わず目を瞠った。
 そして、一つ前のコメントに従って、あの時のことを思い返しみる。
 すると、思い当たる節がいくつかあった。
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