社内では言えないけど ―私と部長の秘匿性高めな恋愛模様―
 部長は、私が人に本心を言えない性格だと知っている。
 光山さんからちょっと強めな誘いを受けて、上手く断れるわけがないことも。
 私たちのやり取りに、いつ気づいたのかはわからない。
 でも、黙って見守ってくれていた。
 私が押し切られないか心配で、いざとなったら助けに入るつもりで、でも本心では、私が自分で対処できることを期待していた、とか――。
 私はスマホに目を落としたまま、きゅっと唇を結んだ。
 部長があれほど激しく苛立ったのは、本当に私のことが心配だったから。
 仕事や飲み会の誘いというレベルじゃなく、人生を変える結婚という岐路に立った時、断れないままの私じゃいけないから。
 だから部長は、あんなに強い口調で言ったのかな……。
 読者さんに慰めてもらって、自分に都合のいい解釈になっているかもしれない。
 でも私は、部長が本当は優しい人だと知っている。
 抱えている問題はそれぞれ違うけど、同じように自分自身について切実な悩みを持っている人だから、もしかしたら。もしかしたら……。
 予感が徐々に確信に変わり、私はまっすぐ顔を上げた。
 窓の外を、オフィス街のビルの景色が流れていく。
 もうすぐ東京駅に着く。
 残った短い時間で最後に開いたのは、『湯けむり旅情』さんのコメントだった。
『部長さんにも事情があったことと推察しますが、部下に感情的な態度を見せた時点で上司としては失格です。うさぎさんはなにも悪くありませんから、あまり自分を責めないでください』
 他の人と違って、部長に対してちょっぴり厳しい意見なのが新鮮だ。
 私のブログの読者さんでは、多分唯一の『上司』。
 性別は違えども、同じ上司として手厳しくなるのだろう。
 でも、そんなところも湯浅部長と似ている気がする。
『湯けむり旅情』にそう言われると、湯浅部長もまた自分を責めているように思えてくる。
 今、私と同じように後悔しているかもしれないと思うと、ちょっと胸が軽くなるから不思議だ。
 私はクスッと笑って、コメントの返事欄に指を動かした。
『湯けむり旅情さん、ありがとうございます。きっと私の上司も、あの時のことを気にしていると思います。私がうじうじしてたら、もっと心配かけてしまいますよね』
 電車はもう東京駅のホームに滑り込んでいる。
 私は急いで入力を済ませ、返事を送信した。
 そして、降車客の最後尾につき、会社に向かった。
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