社内では言えないけど ―私と部長の秘匿性高めな恋愛模様―
 その日付を見て、私は思い出した。
「これ、私がプロジェクトチームに移ることが決まった後の……」
「やっと思い出したの? その後、この契約書どこにやったのよっ」
 村重さんが大村さんの後ろから顔を出し、待っていたように噛みついてくる。
「ど、どこって」
「宇佐美さん、落ち着いて。思い出せる?」
 宥めるように訊ねられ、私は光山さんを見上げた。
 思い出すまでもない。
 私はいつもまっすぐ執務室に戻り、すぐに村重さんに手渡していた。
「ちゃ、ちゃんと村重さんにお渡ししたはずです」
 オドオドしながらもそう答えると、「渡されてないわよ!」と村重さんが声を張った。
「受け取ってないから、なくなったんじゃない。何度言わせるのよっ」
「そんな。私、ちゃんと……」
「もうっ! 勘弁してよ~。なんで私が、あんたが起こした事務事故に巻き込まれなきゃなんないのよっ……」
「言いがかりはやめろ」
 村重さんのヒステリックな声とは真逆の、低い落ち着き払った声が、凜として響いた。
 その場にいたみんな、声がした方向を見遣る。
 コツコツと足音を鳴らして歩み寄ってきたのは、湯浅部長だった。
「ぶ、部長……」
 大村さんが、私を通り越して後方を見つめて、呆然と呟いた。
 それを聞いて、村重さんがヒッと音を立てて息をのむ。
「宇佐美さんは大事な契約書と知っていて、粗末に扱うような人ではない」
 抑揚を感じさせない静かな声が、彼の威厳を際立たせる。
 その場を囲む全員が彼の凄みにのまれ、一様に声を失った。
「まず、その日のスケジュールを時系列で確認してはどうだ?」
 部長は大村さんと、その後ろの村重さんに視線を定める。
「あ、あの、湯浅部長!」
 すると、村重さんが上擦った声を発した。
 顔面蒼白になって大村さんを押し退け、部長の前に転がり出る。
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