社内では言えないけど ―私と部長の秘匿性高めな恋愛模様―
「部長……湯浅部長っ」
執務室を出て同じフロアの隅にある休憩室に入っていく部長に追いつき、私は必死に声を張った。
自動販売機の前に立った部長が、驚いた顔をこちらに向ける。
「宇佐美さん」
りあ、あの、私っ……」
走ってきた勢いのまま、彼の前に躍り出たものの、まっすぐ見上げた途端言葉に詰まった。
「……どうした?」
部長は私から目を逸らし、自動販売機のボタンを押した。
社員IDで支払いを済ませ、排出口からペットボトルを取り出す。
目を伏せ、長い指で蓋を開ける部長を前に、私はごくりと唾を飲んで意を決すると、
「ありがとう、ございました……っ」
一息に告げて、深く頭を下げた。
腰を折った姿勢のまま、部長の反応を待つ。
「礼には及ばない。こちらこそ、嫌な思いをさせてすまなかった」
「……え?」
謝罪で返され、私は恐る恐る顔を上げた。
すると、いきなり部長と視線がぶつかってドキッと胸が跳ねる。
「どんなに杜撰な人間でも、村重さんは私の部下の一人。同じく部下の宇佐美さん相手とは言え、不始末は不始末。部下の不始末は上司である私の責任だ」
部長は、私の心臓の反応など知るよしもない。
改まった堅い口調で、謝罪の理由を説明した。
「い、いえ……」
急によそよそしい部長に戸惑い、私は瞳を揺らした。
それが伝わったのか、部長は静かに睫毛を伏せる。
「……光山のことも」
短く付け加えて、小さな吐息を零した。
「私が勝手に、強引に言い寄られていると感じただけで、感情的に割って入ってしまった。もしかしたら、君も彼の誘いを喜んでいたかもしれなかったというのに」
「! いえ、あれは本当に助かりました。だから……」
「危なっかしくて、ついつい余計な嫌味まで言ってしまった。本当にすまなかっ……」
「ゆ、湯浅部長っ。もう謝らないでください」
急いで遮った私に、部長は虚を衝かれたようだ。
「この間のことも今日のことも、部長には感謝しかありません。本当に」
私がそう言って笑いかけると、ちょっぴりホッとした様子で目尻を下げる。
くるりと身体の向きを変え、自動販売機に背を預けた。
少し口をつけたペットボトルを、だらんと下げた
両手で持ち、軽く天井を仰ぐ。
「君のおかげだよ、宇佐美さん」
「っ、え?」
「自分の目で部下を見て、自分で話して知っている上司でありたい……そう思わせてくれたのは君だから」
「私が? でも私はなにも……」
部長の言わんとすることがわからず、私は首を傾げる。
すると、彼は視線だけ私に流してきた。
「君は、私が覚えていたというだけで、喜んでくれただろう?」
優しく皺が刻まれた目尻に、私の鼓動が騒ぎ出す。
執務室を出て同じフロアの隅にある休憩室に入っていく部長に追いつき、私は必死に声を張った。
自動販売機の前に立った部長が、驚いた顔をこちらに向ける。
「宇佐美さん」
りあ、あの、私っ……」
走ってきた勢いのまま、彼の前に躍り出たものの、まっすぐ見上げた途端言葉に詰まった。
「……どうした?」
部長は私から目を逸らし、自動販売機のボタンを押した。
社員IDで支払いを済ませ、排出口からペットボトルを取り出す。
目を伏せ、長い指で蓋を開ける部長を前に、私はごくりと唾を飲んで意を決すると、
「ありがとう、ございました……っ」
一息に告げて、深く頭を下げた。
腰を折った姿勢のまま、部長の反応を待つ。
「礼には及ばない。こちらこそ、嫌な思いをさせてすまなかった」
「……え?」
謝罪で返され、私は恐る恐る顔を上げた。
すると、いきなり部長と視線がぶつかってドキッと胸が跳ねる。
「どんなに杜撰な人間でも、村重さんは私の部下の一人。同じく部下の宇佐美さん相手とは言え、不始末は不始末。部下の不始末は上司である私の責任だ」
部長は、私の心臓の反応など知るよしもない。
改まった堅い口調で、謝罪の理由を説明した。
「い、いえ……」
急によそよそしい部長に戸惑い、私は瞳を揺らした。
それが伝わったのか、部長は静かに睫毛を伏せる。
「……光山のことも」
短く付け加えて、小さな吐息を零した。
「私が勝手に、強引に言い寄られていると感じただけで、感情的に割って入ってしまった。もしかしたら、君も彼の誘いを喜んでいたかもしれなかったというのに」
「! いえ、あれは本当に助かりました。だから……」
「危なっかしくて、ついつい余計な嫌味まで言ってしまった。本当にすまなかっ……」
「ゆ、湯浅部長っ。もう謝らないでください」
急いで遮った私に、部長は虚を衝かれたようだ。
「この間のことも今日のことも、部長には感謝しかありません。本当に」
私がそう言って笑いかけると、ちょっぴりホッとした様子で目尻を下げる。
くるりと身体の向きを変え、自動販売機に背を預けた。
少し口をつけたペットボトルを、だらんと下げた
両手で持ち、軽く天井を仰ぐ。
「君のおかげだよ、宇佐美さん」
「っ、え?」
「自分の目で部下を見て、自分で話して知っている上司でありたい……そう思わせてくれたのは君だから」
「私が? でも私はなにも……」
部長の言わんとすることがわからず、私は首を傾げる。
すると、彼は視線だけ私に流してきた。
「君は、私が覚えていたというだけで、喜んでくれただろう?」
優しく皺が刻まれた目尻に、私の鼓動が騒ぎ出す。