社内では言えないけど ―私と部長の秘匿性高めな恋愛模様―
 ーーまただ。
 部長の笑顔を見ると、私は落ち着かなくなる。
 嬉しいというのが一番。
 部長のこんな表情を知ってるのは、多分私だけという優越感みたいなものが二番。
 いや、優越感?
 どちらかと言うと、独占してるみたいで、という方が近い気がする……。
「っ……!」
 落ち着かない理由が朧げにわかってしまい、私は慌てた。
 急に顔が熱くなって、焦ってそっぽを向く。
「そ、そんなの、当たり前です」
 動揺する自分を隠そうとして、上擦った声で部長に答えた。
「私なんてただの事務職、部の中でも末端の存在を気に留めてくれた、ほんと、それだけで……」
「君と出会わなければ、一人一人と対話しようなんて考え、過ぎりもしなかった。だが、それをしていたおかげで、今日も冷静に対処できたんだ」
 部長は私を不審に思った様子はなく、なにか噛み締めるように、訥々と言葉を紡ぐ。
「本当に、君のおかげだよ。ありがとう」
 私だけに向けられた真摯な謝辞と優しい微笑みに、胸がキュンと疼いた。
 締めつけられ、心拍が加速する感じが落ち着かず、私は胸元でぎゅっと服を握りしめた。
 なにか言えることはないか、頭の中をぐるぐると探して思いつく。
「競争……」
「え?」
「私と競争、してたじゃないですか。部長の勝ちですね」
 たどたどしく言って目尻を下げた私に、部長はキョトンとした顔で瞬きを繰り返した。
「何故? 君の勝ちだろう?」
「だって部長、さっきみんなに笑いかけたじゃないですか。あのおかげで、みんなホッとできたんです」
 自覚がないのか、部長は左手の人差し指と親指で頬骨の辺りを解すような仕草を見せる。
 すぐに手を離して目を伏せると、「いや」とかぶりを振った。
「やっぱり、先に変われた君の勝ちだ」
「え? ど、どうして」
「ちゃんと言えたじゃないか。あんなにたくさんの人間に囲まれて、身の潔白を証明しようとしていた」
「っ……」
 とくん、とくんと、緩やかに高鳴る鼓動に阻まれ、喉に声がつっかえてしまった。
「あ、あれは」
 一生懸命、伝えようとする。
 部長が来てくれたから、勇気が出せたんだ。
 部長が見ていてくれなかったら、きっとなにもできなかった……。
 部長は私を待たずに、自らの言葉を続けた。
「変わりたい。そう思うだけだった君が、変わろうとして踏み出した。君は立派に成長したよ」
 今までで一番、とびっきりと言っていい優しい微笑みを向けられて、頬が火照るのがわかる。
 慌てて両手で押さえたけど、込み上げる嬉しさは隠しきれず、鼻の奥の方がツンとする。
 ズッと洟を啜ってしまい、とっさにそっぽを向いた。
 頭上で、クスッと笑う声がした。
 と同時に、私の頭の上で、部長の手がポンと弾む。
「っ……」
 ドキンと鼓動を乱す私の横を、部長が通り過ぎていく。
 私がなにも言えずに目で追うと、部長はドアの前でこちらを振り返った。
「さあ、今日も頑張ろう」
 ゆっくりとドアを開け、私を待っている。
 私はひくっと喉を鳴らしてから、ごくりと唾を飲んだ。
 そして。
「は、いっ!」
 ちょっと詰まってしまったけど、精一杯元気に返事をして、小走りでドアへ急いだ。
 部長はドアを支えて、私を先に促してくれる。
 部長の前を通るのに、緊張して身が縮こまってしまった。
 スマートなレディファーストにドキドキして、平静を保つのに必死だった。
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