社内では言えないけど ―私と部長の秘匿性高めな恋愛模様―
 その後は一日を無事に過ごしたものの、家に帰ってからも、私の胸は静かに高鳴り続けていた。
 なんだかソワソワしてしまって、じっとしていられない。
 ベッドの上でクッションを抱きしめ、何度も寝返りを打ってしまう。
 微熱がある時みたいに、頭がふわふわしている。
 部長が言ってくれたなにもかも、すごくすごく嬉しかった。
 この感謝の気持ちを、どうやって返していけばいいだろう。
 私が部長のためにできること、なにかないだろうか?
 どんなに脳みそを絞って考えても、いいアイデアは浮かばない。
 それどころか、自分が嬉しかったことばかりが、脳裏をよぎる。
 部長が、私に言ってくれた。
 ありがとう、君のおかげだってーー。
 思い出すだけで、今も頬にあの時と同じ熱が帯びる。
 浮かれっぱなしで、自分が恥ずかしい。
 私は一度落ち着こうと、大きく深呼吸した。
「そうだ!」
 こういう時こそ、ブログを書こう。
 文章に著すことで、少し冷静になれる。
 この昂りを鎮めたくて、私はベッドから飛び起きた。
 ほとんど跳ねるみたいに椅子に座り、パソコンを起動させる。
 すぐにブログを開き、キーボードに指を走らせた。
『今日会社で、契約書が見つからないという事件がありました。みんなで探して無事見つかったんですが、最初に疑われたのは私でした。でも……』
 勇気を振り絞って声をあげた私を、部長は変わったと言ってくれた。
 変わりたい、でも変われないと悔やむだけだった私に、立派に成長したと……。
 その時、ふと、なにか引っかかった。
「あれ……?」
 その言葉は、確か――。
 書きかけのブログを一旦保存して、一つ前のブログを開く。
 変わりたい。でも変われない。
 私の記憶通り、止めどない劣等感をそう綴っている。
 部長の言葉は、まるでそれを否定してくれたみたいにしっくりくる。
「……?」
 そのブログには、新しいコメントが寄せられていた。
 新規のコメントではない。
 今朝私が返信した後、『湯けむり旅情』さんから届いた二度目のコメントだった。
『私はあなたのブログにハッとさせられたことが多々ありました。考え方や行動が変わった部分もあります。ブログ、楽しみにしてます。どうか元気を出してください』
 素直に嬉しい。
 でも、私のブログのなにが彼女をハッとさせたのか、心当たりはなにもない。
 頭を捻ると同時に浮かび上がってきたのは、今日の部長の言葉だった。
『君と出会わなければ、一人一人と対話しようなんて考え、過ぎりもしなかった』
『君のおかげだよ』
 二人の言葉の不思議な共通点に気づき、私の心臓がドキンと跳ねる。
 言われた時は感極まっていた上にドキドキするばかりで、頭が全然回らなかった。
 でも、今思い返してみると違和感がある。
 ――部長が一人一人との対話を考えて個人面談をしたのは、私と『出会う』前じゃなかった?
 いや、残業してる時に会ったっけ。
 ううん、やっぱり違う。
 あれは部長から個人面談のメールが届いた後だ。
 だって、急に個人面談の予定が入ったからって、村重さんに頼まれた仕事をしていたんだからーー。
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