社内では言えないけど ―私と部長の秘匿性高めな恋愛模様―
 ――それとなく聞いてもらうって方法もあるかも。
 光山さんみたいに仕事で直接接点がある人だったら、ちょっとした雑談の体で訊ねることもできるかもしれない。
 そこまで考えて、私はその方法を却下した。
 他人を巻き込んじゃダメだ。
 結局、その人にも事情を説明しなきゃいけなくなる。
 やっぱり自分でなんとかしないと……。
 いいアイデアが浮かばないまま、その日は終業時刻を迎えてしまった。
 使った資料を戻しに書庫に行き、背伸びをしてファイルを棚に押し込みながら思い巡らせる。
 部長に直接聞けることじゃないから、ブログを通して『湯けむり旅情』さんの方に当たってみるしかない。
 私がブログを書けば、『湯けむり旅情』さんは読んでくれる。
 同時に、湯浅部長もブログの内容を知るってことだ。
 それを確かめることができたら、部長が口にするのを聞けたら成功ってことにならない?
 とてつもなくいい方法だ。
 一気に視界が拓けた気がする。
 私はブログで、『湯けむり旅情』さんに仕掛ける。
 もし部長が彼女じゃなければ無反応で、私は安全に確認できる。
 どんな仕掛けにすればいいだろうか。
 今までブログに書いたことじゃなくて、確実に『湯けむり旅情』さんしか知らないと断言できる情報でなければいけない。
 思考をフル回転させながら、私は頭上を仰いだ。
 棚にはぎっしりと詰まっていて、しまいたいファイルがなかなか収まってくれない。
「くっ……ひゃっ……!」
 力一杯押し込んだ勢いで、私はバランスを崩してしまった。
 足がよろけて、その場にどしんと尻餅をつく。
「いたた……」
 私は顔をしかめて ゆっくり立ち上がった。
 軽くお尻を摩り、そして――。
「……これだ」
 怪我の功名とはまさにこのこと。
 痛みと同時に閃いた『仕掛け』。
 とんでもなくいい案に思えて、私は高揚した。
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