社内では言えないけど ―私と部長の秘匿性高めな恋愛模様―
真実を求めて
 その夜、私は早速ブログに『仕掛け』を施した。
 上手く機能してくれるか、早ければ一日で答えが出る。
 緊張で眠れないまま朝を迎え、私はいつも通り出社した。
 私が席に着いた時、部長はすでに自席で仕事をしていた。
 昨日とは違う意味で、彼の方を気にしてしまう。
 そのおかげで、気づいたことがある。
 自分の言動が、『鬼神部長』の怒りの導火線に火を点けるかもしれない――そんな緊張感から強張って、行くのに行くのにギクシャクしていた人たちの足取りが、以前よりも確実に軽くなっていた。
 微かに聞こえる彼らの声も、明らかにトーンが違う。
 きっと、契約書騒ぎの時、部長が優しい表情をして見せたからだろう。
 部下の警戒心が失せたからか、部長の表情も穏やかだ。
 心なしか、眉間の皺が薄くなっている気がする。
 部長にもちゃんと、『競争』の成果が出ている。
 それが垣間見えて、私も嬉しい。
 何事もないまま、一日が終わろうとしていた。
 時計の針が終業時間を過ぎたことを確認して、私は意を決して立ち上がる。
 何冊ものファイルを胸に抱えて、やや緊張しながら部長席に近づく。
 部長席の前を通ると、湯浅部長が視線を上げたのがわかった。
 でも私は気づかないフリをして、重要キーを保管してある鍵管理機の前に立つ。
 社員IDをスキャンしてロックを外し、書庫の鍵を取り出した。
 ふと振り返ると、こちらを見ていた部長と目が合った。
「あ。書庫の鍵、お借りします」
 私は首を傾けて、部長にそう断りを入れた。
「え?」と聞き返されても構わず、踵を返す。
 もし……もしも部長が『湯けむり旅情』さんだとしたら。
 昨夜の私のブログを読んでいたら、私の後を追ってくる。
 一人で書庫に入るのを止めようとするはずだ。
 でも、入る前に止められたら作戦台無し。
 だから私は、やや急ぎ足で書庫に向かった。
 迫り上がる緊張感のせいで、自然と小走りになる。
< 86 / 104 >

この作品をシェア

pagetop