社内では言えないけど ―私と部長の秘匿性高めな恋愛模様―
 部長がどんな行動に出るか確認したいけど、失敗しそうで振り返れない。
 心臓がドキドキうるさくて、書庫の鍵を開ける手が震えた。
 不自然なほど時間をかけてようやく解錠して、焦りながらドアを開ける。
 身を滑り込ませるようにして中に入ると、閉まりかけたドアの隙間から「宇佐美さん」と私を呼ぶ部長の声が聞こえた。
 上手くいった……!?
 ドキンと鼓動のリズムが狂った次の瞬間、勢いよくドアが開き、湯浅部長が飛び込んできた。
「宇佐美さんっ。ちょっと……」
「? 湯浅部長……どうかしたんですか?」
 血相を変えた部長に、私は必死に平静を装って返事をした。
「大丈夫か? 怪我は……」
 部長は私の前まで歩いてきて、安堵した様子で深い息を吐く。
「よかった、無事か……」
 本気で心配してくれる部長に、胸が痛むのにきゅんとした。
 こんな卑怯な『騙し討ち』をして、本当に申し訳ない。
 でも、今までの部長の言動は、昨夜私が仕込んだ『仕掛け』にのった結果と見て間違いない。
 だけど今は心を鬼にして、最後まで騙し抜かなければ……。
「あの……なにか?」
 私は素知らぬ顔で、ちょっと当惑した風を装う。
「なにって、書庫の棚……明日業者が修理に来てくれるから、今日は入室を控えるようにとメールで周知したはずだ」
「修理……なにか不具合があったんですか?」
「転倒防止ストッパーが外れてるんだろう? 倒れてくる危険がある。誰かもう一人が支えていないと危険だ」
「そうなんですか?」
「そうなんですか?じゃないだろう。メール読んでなかったのか?」
 切羽詰まった部長につられて、やり取りする間に、私の心臓は激しく打ち鳴った。
 それでも表面上は部長との間に温度差を保ち、惚けた態度に徹したからか、部長は困惑した様子で顔をしかめる。
「す、すみません」
 訝しそうに首を捻るのを見て、私は肩を縮めて謝った。
「でもあの……それ、誰が言ったんですか?」
「誰って、君が……」
 私を呑気だと思ったのか、部長は焦れたように口走った。
 けれど、すぐにハッとして、最後まで言わずに口を噤む。
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