社内では言えないけど ―私と部長の秘匿性高めな恋愛模様―
この瞬間を待っていた。
もちろん私は、聞き逃さない。
「書庫の棚、ストッパーが壊れていて危ないって……私がですか?」
覚えがない、といった体で、眉を寄せて首を傾ける。
「ああ……いや。私の勘違いだったかもしれない」
部長はぎこちなく笑って、ジリッと後退った。
「君から聞いたと思ってたんだが、勘違いだったかもしれない」
急に歯切れ悪くなって、記憶違いで誤魔化そうとする。
私はうーんと唸って、記憶を手繰る素振りを見せた。
そして、「あ」と声を出して顔を上げる。
「そうです、私が言ったかも」
私の返事に、部長はホッとしたような表情に変わった。
「そうか、それなら……」
「正確には、書きました、ですけど」
私が言い直すと、部長はその先をのみ、口を噤んだ。
仕掛けられたと気づいたのか、顔を強張らせて喉仏を上下させる。
「それ、ユーザー限定公開という機能を使ったブログに書いたんですけど、嘘なんです」
私はこの機を逃さず、逃げ道を与えまいとして、急いで畳みかけた。
「嘘……」
「だから、たった一人だけが読めるようにして書いたんです。なのにどうして、部長が知ってるんでしょう……?」
私の心臓は、ドクンドクンと激しい音を立て、早鐘のようだ。
それでも思い切って問いかけ、一歩詰め寄る。
そしてーー。
「『湯けむり旅情』さん。……それは、湯浅部長のユーザーネームですよね……?」
肯定してほしいのか否定してほしいのか、私の心はこの期に及んで大きく揺れていた。
でも、ここまで来たらもう疑いようはない。
動揺で揺れる部長の黒い瞳を、縋る思いで見つめた。
「部長……」
「ああ、そうだ」
焦れて呼びかけた私を、部長は短い肯定で遮った。
大きく目を見開く私の前で、目を閉じ、ゆっくり何度も頷く。
「隠していてすまない。ユーザーネーム『湯けむり旅情』は、確かに私だ」
はっきりと告げられ、なにかが胸にストンと落ちてくるような感覚と同時に、頭の中が真っ白になった。
観念した様子で、部長は続けてなにか言っているけど、なに一つとして私の耳には入ってこない。
「っ……!!」
激しい羞恥心に襲われ、居た堪れない。
私は真っ赤な顔で声を詰まらせた。
「宇佐美さん?」
部長は強張った表情のまま、私を見つめている。
でも、その視線に晒されているのも恥ずかしくて、私は彼から逃げて飛び退いた。
反射的な行動か、部長が私に手を伸ばしたけれど。
「み、見ないで」
私は自分を抱きしめるように、両肘を抱えた。
涙目になって、何度も何度も強く首を振り、差し伸べられた手を拒むと……。
「っ、宇佐美っ……」
部長の呼びかけを振り切って、書庫から飛び出した。
もちろん私は、聞き逃さない。
「書庫の棚、ストッパーが壊れていて危ないって……私がですか?」
覚えがない、といった体で、眉を寄せて首を傾ける。
「ああ……いや。私の勘違いだったかもしれない」
部長はぎこちなく笑って、ジリッと後退った。
「君から聞いたと思ってたんだが、勘違いだったかもしれない」
急に歯切れ悪くなって、記憶違いで誤魔化そうとする。
私はうーんと唸って、記憶を手繰る素振りを見せた。
そして、「あ」と声を出して顔を上げる。
「そうです、私が言ったかも」
私の返事に、部長はホッとしたような表情に変わった。
「そうか、それなら……」
「正確には、書きました、ですけど」
私が言い直すと、部長はその先をのみ、口を噤んだ。
仕掛けられたと気づいたのか、顔を強張らせて喉仏を上下させる。
「それ、ユーザー限定公開という機能を使ったブログに書いたんですけど、嘘なんです」
私はこの機を逃さず、逃げ道を与えまいとして、急いで畳みかけた。
「嘘……」
「だから、たった一人だけが読めるようにして書いたんです。なのにどうして、部長が知ってるんでしょう……?」
私の心臓は、ドクンドクンと激しい音を立て、早鐘のようだ。
それでも思い切って問いかけ、一歩詰め寄る。
そしてーー。
「『湯けむり旅情』さん。……それは、湯浅部長のユーザーネームですよね……?」
肯定してほしいのか否定してほしいのか、私の心はこの期に及んで大きく揺れていた。
でも、ここまで来たらもう疑いようはない。
動揺で揺れる部長の黒い瞳を、縋る思いで見つめた。
「部長……」
「ああ、そうだ」
焦れて呼びかけた私を、部長は短い肯定で遮った。
大きく目を見開く私の前で、目を閉じ、ゆっくり何度も頷く。
「隠していてすまない。ユーザーネーム『湯けむり旅情』は、確かに私だ」
はっきりと告げられ、なにかが胸にストンと落ちてくるような感覚と同時に、頭の中が真っ白になった。
観念した様子で、部長は続けてなにか言っているけど、なに一つとして私の耳には入ってこない。
「っ……!!」
激しい羞恥心に襲われ、居た堪れない。
私は真っ赤な顔で声を詰まらせた。
「宇佐美さん?」
部長は強張った表情のまま、私を見つめている。
でも、その視線に晒されているのも恥ずかしくて、私は彼から逃げて飛び退いた。
反射的な行動か、部長が私に手を伸ばしたけれど。
「み、見ないで」
私は自分を抱きしめるように、両肘を抱えた。
涙目になって、何度も何度も強く首を振り、差し伸べられた手を拒むと……。
「っ、宇佐美っ……」
部長の呼びかけを振り切って、書庫から飛び出した。