社内では言えないけど ―私と部長の秘匿性高めな恋愛模様―
 なにも考えられなくなって、その後、どうやって帰ってきたかも覚えていない。
 眠れないまま夜が明け、会社に行く支度をしなきゃいけない時間になったけど、どうしても動けなかった。
 結局、私は生まれて初めて会社をズル休みしてしまった。
 昨夜から食事もせず部屋に閉じこもっていたからか、両親は本当に体調不良だと信じてくれたらしい。
「酷くなったら、ちゃんと病院行きなさいよ!」
 と言い残し、二人とも仕事に出ていった。
 家に私しかいなくなると、しんと静まり返った。
 誰もいない。誰も来ない。
 それがなにより安心できる。
 私はようやく、布団から顔を出した。
 無意識に深い息を吐き、次の瞬間、収まらない羞恥に駆られて身を捩る。
 湯浅部長は、自分が『湯けむり旅情』さんだと白状すると、『すまない』と謝った。
 部下のブログをこっそり読んでいた謝罪か、隠していたことへの謝罪かーー。
 でも、謝ってほしいんじゃない。
 部長の前から逃げ出してしまったのは、ただただ恥ずかしかったからだ。
 だって……私、今までなにを書いてた?
 趣味や食べ歩きといった、ごく普通のことだけじゃない。
 最初のうちは後ろ向きで独りよがりな悩みばかり、赤裸々に綴ってきた。
 大したことないつまんない日常のこと、会社で起きたことに、村重さんや光山さんのこと。
 そして部長のこともーー。
『湯けむり旅情』さんの正体が部長だったという事実が判明した途端、その現実が一気に押し寄せてきた。
 私が部長のことをどんな風に書いていたか。
 読者さんには、『恋をしてるの?』って冷やかされたくらいだ。
 きっと無意識に部長に対する好意を曝け出し、ブログに滲み出ていたんだと思う。
 それが部長に、当の本人に全部筒抜けだったなんて、恥ずかしい以外のなにがあるだろうか。
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