社内では言えないけど ―私と部長の秘匿性高めな恋愛模様―
「っ……」
 ジッとしていられない衝動を抑えようと、私はベッドの上で膝を抱え込んだ。
 膝に額を預け、ズッと洟を啜る。
 部長はいつから、あれが私のブログだと気づいてたんだろう?
 最初は、多分本当に偶然。
 初めてくれたコメントは、部長が海外事業部に異動してくるよりずっと前だったから、それは間違いない。
 どうして私のブログを読み始めたんだろう。
 どうしてコメントをくれるようになったんだろう。
 どうして、どうしてーー。
『湯けむり旅情』さんの正体を突き止めた今、もっとたくさんの『知りたい』が溢れ返る。
 私はしばらく考えて、意を決してスマホを手に取った。
 彼女……ううん、彼が残してくれたコメントを読み返せば、その真意がわかるかと思ったからだ。
 ブログのアプリを開くと、新しい投稿をしていないにもかかわらず、新規コメントが一件届いていた。
 何気なく開いてみて、思わず息をのむ。
 それは、たった一人に向けて仕掛けた『嘘』に対するコメント。
 ユーザーはもちろん、『湯けむり旅情』さんだった。
 急に胸がきゅっと締めつけられ、激しい動悸に見舞われる。
 震える指でタップすると、いつもとは違う、少し長い言葉が綴られていた。
『この投稿は私しか読めないということだったので、コメントも他の人の目には触れないと思い、書かせていただきます。違っていたら、削除してください』
 そんな断りから始まったのは、リアルで切実な部長の本心だった。
 部長は私と同じように、なかなか他人には言えない悩みを抱えていた。
 去年部長に昇進したものの、部下との関係を上手く築くことができずに悩んでいた。
『円滑な人間関係の築き方』とか『理想の上司論』とか、『部下の本音』などというキーワードの書物を、山ほど読み漁って研究した。
 だけど、自分が望むような鎧にはならず、もっと身近でリアルな部下の立場からの声を求めるようになった。
 SNSでは理性を欠いた乱暴な誹謗中傷が目に余ったため、WEBに辿り着いた。
 書物に頼った時と同じキーワードで検索して、私のブログを見つけたそうだ。
 相手の身元を探るつもりはなかったものの、私がランチや仕事帰りに立ち寄ったショップを知っていたため、物理的に近くにいるのはすぐにわかったという。
 私のブログを読み始めた動機はそこにあった。
 でも、読み続けた理由は、私のことを自分とよく似ていると感じたからだった。
 部下目線の私のブログを読んで、部長は自分の振る舞いを振り返って反省していた。
 部長と同じように人間関係を築けず悩む私が、どんな先輩、上司になら心を開けるのか。
『臆病うさぎ』という存在を基準に、部長はずっと、自分を変えようと試行錯誤を繰り返してきた。
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