社内では言えないけど ―私と部長の秘匿性高めな恋愛模様―
 ***

 幼い頃から、嫌なことがあったり落ち込んだりすると、俺は川を見に来た。
 荒み、沈んだ心を、ゆったりと流れる川が洗い流してくれる、そう信じていたからだ。
 大人になって大学進学、就職と住む場所が変わり、見に来る川も違うものになったが、この行動に変化はない。
 五歳の時も十歳の時も、十八歳の時も三十五歳の今も、俺の根っこの部分は成長していないということかーー。
 そう考えてみると、苦笑するしかない。
 小春日和の休日、俺は自宅近くの河川敷に足を伸ばした。
 のんびり土手を散策していると、元気な子供の声が聞こえてきて、川っぺりの空き地を見下ろす。
 サッカーチームが試合をしているようだ。
 ホイッスルの音が青空に響き渡る。
 スニーカーで芝生を踏み鳴らして土手を下り、デニムが汚れるのを気にせず腰を下ろした。
 静かに流れる川を見つめ、ぼんやりとする。
 一度自分を空っぽにしたかったが、彼女の顔だけがどうしても離れてくれない。
 深く深く傷つけてしまった、宇佐美ちひろの顔がーー。
 短く刈られた芝生に寝転がる。
 組み合わせた両手を枕にして広い空を見上げると、自分という存在がいかにちっぽけか痛感する。
 青すぎる空が、目に染みる。
 降り注ぐ日光が眩しくて、俺はゆっくり目を閉じた。
 そうしてみると、空に吸い込まれ、このまま宇宙の塵になれそうな錯覚に陥る。
 俺の存在ごと、最低最悪な罪が弾け飛んでくれたらいいのに……。
『み、見ないで』
 そう言って俺を拒んだ彼女の顔が、網膜に焼きついている。
 後悔してもしきれない。
 何度考えても、あのブログが彼女のものだと気づいた時、読むのをやめるべきだったのだ。
 いや、せめてコメントを控えていれば。
 こんな形で傷つけずに済んだと思う。
 わかっていても、やめられなかった。
 リアルな『部下の声』が聞きたくて、参考にするために読み始めたブログを、俺はいつしか心の拠り所にして、更新を楽しみにしていたのだから。
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