社内では言えないけど ―私と部長の秘匿性高めな恋愛模様―
 人の言葉にハッとさせられた経験はそう多くない。
 彼女のブログには、そんな俺の胸にも刺さる言葉が溢れていた。
 一週間という短期間で五十五人の個人面談を行うという暴挙に出たのも、『自分なんか覚えてももらえない』と書かれていたからだ。
 上司として大事なこと、それは人を見て知ることだと気づかされた。
 その個人面談で、本心を言えないことに苦しむ彼女を『教えて』という言葉で動かせた時、俺は『もしかして』と思った。
 その日のブログに個人面談のことが綴られていたことから、予感は確信に変わった。
 と同時に、嬉しくて心が震えた。
『上司が発した数少ない言葉に、温もりみたいなものを感じました』
 冷たい、怖いとしか思われたことのない俺のなにが、彼女に『温もり』を感じさせたのか。
 どうしても知りたい。
 いや、彼女自身をもっと知りたい。
 そんな思いから、ズルズルとブログの読者を続けてしまった。
 少なからず悪くは思われていない自負があったのに、彼女を傷つけ、拒否される結果に終わった。
 それもこれも、全部自業自得でしかないが……。
 こうなってみて初めて、自分がどれほど彼女に執着していたか思い知らされた。
 突き放されてもなお、断ち切れずにいる自分が無様で、もう笑うしかない。
 俺はこんなにも未練たらしい男だったのかーー。
 彼女のおかげで、三十五年生きてきて、初めて知ることができた。
 これもまた新しい発見か。
 自虐的な笑みで零れ、口端が歪む。
 ……ちょう。部長ーー。
 そよぐ風が、彼女の声を運んでくる。
 ヤバいな。幻聴まで聞こえるとは、自分で思う以上に重症なのか。
 未練たらしいにも程がある。
「……う」
 ああ、もう頼むからやめてくれ。
 もうこれ以上、自分の情けなさに気づきたくない。
 幻聴も潜在意識からくる現象だと言い聞かせ、俺は閉じたままの目蓋に力を込めた。
 しかしーー。
「湯浅部長……ですよね?」
「!?」
 幻聴でも空耳でもない。
 はっきりと頭上から降ってくる声に慌てて、俺は勢いよく飛び起きた。
 喉を仰け反らせて、声の主を確認して……。
「あの……驚かせてすみません……」
 瞬きをすることも忘れる俺に、宇佐美さんが恐縮した様子で肩を縮めた。
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