社内では言えないけど ―私と部長の秘匿性高めな恋愛模様―
 ***

「あの……驚かせてすみません……」
 勢いよく起き上がったかと思うと、大きく目を見開いて呆けたように私を見る湯浅部長に、私は怯みながら謝った。
 反射的に肩を縮めると、部長はようやく瞬きをした。
 芝生の上に座ったまま、小さな息を吐く。
 顔を伏せ、一度かぶりを振ってから、再び私を見上げた。
「……体調、もういいのか?」
 静かな低い声で問われ、私は無意識に喉を鳴らす。
「あ、あの」
「ん?」
「昨日はその……ズル休みです」
「…………」
「も、申し訳ありません!」
 一息に言って、頭を下げる。
 すると、ふっと微かな吐息が返ってきた。
「知ってるよ」
 思ったより穏やかな声を聞いて、私はおずおずと顔を上げる。
 部長は眩しそうに目を細めて、川を眺めていた。
 休日で、オフィスで見る部長とは雰囲気からして全然違う。
 服装はパーカーにデニム、スニーカーだし、髪はセットした様子はなく無造作で、額に下りた前髪が目元にかかっている。
 オフィス街のカフェでばったり会ったあの時より、もっともっと力が抜け、リラックスした雰囲気だ。
 見慣れないけど柔らかい。
 そんな部長にホッとして、私は彼と同じ川を見つめた。
 言いたいこと、伝えたいことが溢れ返って、ここまで来た。
 なのに、部長の顔を見た途端、吹っ飛んでしまった。
 やっと辿り着いたのに、見つけられたのに、やっぱり上手く話せない自分がもどかしい。
 思わず俯いた時、部長が私に視線を戻した。
「どうしてここに?」
「っ、え?」
「偶然か? すごい偶然だな」
 本気かどうか、部長はしげしげと言って顎を撫でる。
 その様子に、私はこくりと喉を鳴らした。
「部長が……」
「ん?」
「気晴らししたい時は川を見に行く、そう言ってたから」
「…………」
「あ、ブログのコメントで……『湯けむり旅情』さんが」
 私がそう言い直すと、合点がいったのか、「ああ」と短い相槌を打った。
「そうだったな。それにしても、やっぱりすごい偶然だ」
 自分で言いながら何度も頷く。
 それを私は、首を振って否定した。
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